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<2024年> 








幕末維新に学ぶ現在 山内昌之氏 イスラム史家の東大教授によるエッセイ集で、2009年に産経新聞に連載された。幕末の有名人を引き合いに出して、当時発足した民主党政権にモノ申している。著者は、日本史家ではないので、登場人物のエピソードなどは二次引用で、その出所は小説が多いようだ。53人が登場(うち、長州出身者は11人)。知らない人も多く、勉強になる。幕末の長州藩士の酷薄なエピソードの主人公としてとして、井上馨、野村靖が登場し、救ってもらえなかった人として、白石庄三郎、山城屋和助、世良修蔵の遺族が挙げられている。どうやら、幕末の長州人は冷たい人々という印象が強いらしい。 76

世に棲む日々(1)〜(4) 司馬遼太郎氏 『長州の人間のことを書きたいと思う。』で始まる本書では、吉田松陰と高杉晋作を中心に描かれている。昔の人は名前がコロコロ変わるので分かりにくい。松陰は杉寅之助→吉田大次郎で、通称は寅次郎。諱は矩方(のりかた)。号は松陰の他。幼名という慣習があったことと、養子縁組が多く名前が変わった。晋作は、追っ手から逃れるために、宍戸刑馬、谷梅之助、備後屋助一郎など多くの変名を使った。山縣有朋は、狂介。井上馨は、聞多。伊藤博文は、利助、俊輔であった。木戸孝允は、桂小五郎。大村益次郎は村田蔵六。楫取基彦は小田村伊之助。前原一誠は、佐世八十郎。山田顕義は山田市之允。広沢真臣は波多野金吾。。。覚えられない。 72
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沈黙の季節 ゲイル・シーヒー氏 ブリッジズ氏の『トランジション』の中で、ゲイル・シーヒー氏の『道程』が参照されている。原題は、Passageであり、70年代の著作だが、中古本が見つからないので、同じ著者の別の本を読んだ。学者であれば別の本でも同じようなことを書いているケースが多いが、ジャーナリストである彼女はそうではなかった。本書は、女性の更年期をテーマにしたものであり、ホルモン療法のすすめ、みたいな内容である。女性ホルモンであるエストラゲンの分泌減少(一方で、、男性ホルモンであるテストステロンは分泌維持)は、骨粗しょう症、心臓疾患の原因となる一方で、ホルモン療法は乳がんを誘発することがあるらしい。それでもホルモン療法がいい、と説く。 71

林住期 五木寛之氏 古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたらしい。「学生期」、「家住期」、「林住期」と「遊行期」。筆者は、「林住期」こそ、現代人の黄金時代とし、この時期にこそ、充実して生きる道を真剣に求めよう、と説く。平均寿命が90歳に届こうかという現代社会において、「林住期」は50歳から始まると捉えるべきで、そこからは、生活のためでなく生きるようにしたいと言う。そのためには、「家住期」にしっかり蓄えておくべし、と言う。執筆時点で74歳である筆者自身の人生を振り返ってのアドバイスだ。今現在、90歳を超えている筆者は同じように考えているだろうか。また、「遊行期」についてどう思っているのだろうか− 興味は尽きない。 70

これが人間か プリーモ・レーヴィ氏 1947年に原書として発刊されたが、売れず。1958年に第二版が出て、世に知られるようになったらしい。日本では、1980年に「アウシュヴィッツは終わらない」で有名になった。著者は1987年に自殺しているが、本書は同書の改訂完全版として、タイトルもあらためて2017年に発刊された。「痛みや苦しみが同時に襲ってくる時、人はそれをすべて合わせて感じるわけではない。」「だから、冬の間中は寒さだけが敵と思えたのに、それが終わるやいなや、私たちは飢えていることに気づく。」と語り、「苦痛がある限界を超えると、何か思慮深い自然の法則が働いて、感性を鈍くしてくれる。」と記している。人間性の崩壊である。それは、”生きる”ための防衛本能なのか− ずしりと重い。 69
トランジション ウィリアム・ブリッジズ氏 欧米のキャリア開発の世界で定評を得ている『トランジション』の新版で、2014年に日本語訳が出版された。著者の言うtransitionは、changeとは異なるもので、人間の内面の変化を指す。スピリチュアルな経験が伴うことが多い。欧米でのスピリチュアルな世界には名前の付いた神々が登場することが多いが、残念ながら知識がない。本書は、キャリア開発というよりも、精神分析あるいは心療の世界を扱っていると感じた。「ニュートラルゾーン」で苦しむ人々に対して、心の問題なので、焦らずに自分の心のありか、在り様を見つめ直しなさい、と励ましているような気がする。 68

境界線 中山七里氏 東日本大震災で作られた新たな「境界線」がある。本書の章立てになっているのは、「生者と死者」「残された者と消えた者」「売る者と買う者」「孤高と群棲」「追われる者と追われない者」− いずれも天災によって人智の及ばぬところで引かれた境界線だ。通常、失踪宣告は7年経過後とされているが、飛行機や船の事故の場合は1年。東日本大震災では超特例措置として2か月経過後から死亡届を受理したらしい。死亡届を出せぬままになっており、戸籍上は生きている行方不明者も多かったようだ。そんな行方不明者の戸籍を、新しい戸籍を欲しがっている人に売る−あり得ない話ではないな、とも思う。 67

人は、なぜ他人を許せないのか? 中野信子氏 脳科学者という肩書で、テレビ番組にも出演している筆者の著作を一度読んでみようと思って、手に取った。あとがきによれば、”私が本書を通して伝えたいのは、ああでもなくこうでもない、そうも言えるし、こうも言えるけど、結局人間が好きで、考えることは楽しい、ということ。”だそうで、いわゆるノウハウ本ではない。”正義中毒”を題材に、科学の知見を織り交ぜながら語る。本書にもあるように、平和で安全で余裕があるからこその症状だとも思うが、一方で、危険で不穏で先が見えないからこその発症だという気もする。 66

ライフサイクル、その完結 エリック・エリクソン氏、ジョアン・エリクソン氏 1994年に92歳で亡くなったエリック氏と、97年に95歳でなくなった奥さんのジョアン氏の共著。ライフサイクル理論において、老年期が見出されたのは割と最近のことらしい。それまでは選り抜かれた一握りの長老という意味だったのが、大量の年長者の群を現すものとなった。第八段階としての老年期に加えて、第九段階としての後期老年期についてジョアン氏が考察している。後期老年期は80歳台後半以降の想定のようだ。それまでは「英知」を徳とする年代であったが、それ以降は「超越」を徳とすべきと主張している。超越すべき第一は、死の恐怖だと指摘するところはなかなか人間的で興味深い。 65

夜と霧 ヴィクトール・フランクル氏 有名な本だが、実際に読んだのは初めてだ。アウシュビッツで強制収容者となった筆者の辛い体験記だと勘違いしていた。精神科の医者であった筆者が、42年から45年まで強制収容所内で見たこと、聞いたこと、感じたことを心理学者として綴っている。訳者の影響かもしれないが、文章に暗さはない。幸運にも、”生き残り”として97年まで存命だった(享年92歳)。どん底で人は何を感じ、どうなるのか。それを乗り越えるための”希望”はあったのか。人として、生きる意味をどう捉えれば良いのか。とても興味深い。 64

キャリア・アンカー エドガー・シャイン氏 表表紙に、『自分のほんとうの価値を発見しよう』と大きく書かれている。学術書でもなく、エッセイでもなく、無論、小説でもなく、ワークブックという感じだ。キャリア・アンカー探索のためのアンケート項目や、質問票(に加えて、回答を記入するスペースも用意されている)が記載されている。経験的に8つに分類・整理されているキャリア・アンカーを知ることが、”自分のほんとうの価値”を知ることになるという建付けだ。アンカーと称するのは、そこが停泊地となり、遠出をしても戻って来る、あるいは、戻るという意味が含まれている。停泊地は不変とのことだが、キャリアのステージを経る中で変わることもあると思うが、アンカーは動かないらしい。 63

プロティアン 田中研之輔氏 副題は、『70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』となっている。プロティアン・キャリアの提唱者であるD.ホール教授の考え方をベースに、キャリアの貸借対照表作りを提案している。資産として重要なのは有形資産ではなく、無形資産(生産性資産、活力資産、変身資産)とし、資本はビジネス資本、社会関係資本、経済資本から成るとする。前の二つの資本を経済資本に変える=稼ぐ、ことの重要性を説く。稼ぐという視点を忘れてはならないという指摘は理解できるが、キャリアバランスシートにおける資産と資本の関係性をどう理解すればよいのか、よくわからない。 62

高杉晋作[1][2][3] 山岡荘八氏 これも、断捨離の対象から逃れた山岡荘八氏の著作。本棚にあったのは、1994年の第16刷。香港赴任時代に読んだような気がするが、定かではない。高杉晋作は、1864年、萩の野山獄に投じられたのち、自宅座敷牢にて謹慎。このころ、京都では禁門の変が勃発。多くの長州人が斬殺され、自刀する中で、晋作は馬関にて四か国連合艦隊との講和交渉を行い、年末に功山寺挙兵。これにより、いわゆる尊王攘夷への流れが再度、できたと言える。その後、30歳を迎える前に、病死。捕まったり、逃げたり、暴れたり、騒いだり、なんとも忙しい人生だったようだ。松陰同様に、ある種の教祖様のような存在であったのだろう。 59
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吉田松陰[1][2] 山岡荘八氏 今年断行した断捨離の対象から逃れた山岡荘八氏の著作。自宅本棚から引っ張り出してきて読んだ。前半生では、日々、読書しながら諸国を旅し、有志と語り合い、後半生のかなりの部分は幽閉されていたり、収監されていたりした吉田松陰。筆まめでもあったため、多くの自筆資料が残されている。本書は小説であり、事実とは異なる脚色があるにせよ、その生涯の営みを知ることはできそうだ。「至誠にして動かざるものは、未だこれあらざるなり」をモットーに、自ら実践し、続く人に託した人生であったようだ。やはり、強力なアジテーターであり、ある種の教祖様のような存在であったと見てとれる。 57
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黒船以降 山内昌之氏
中村彰彦氏
「世界史的視野から幕末・維新を読み解く」対談集である。西郷隆盛・木戸孝允・大久保利通を”維新の三傑”と称する一方で、”幕末の三傑”として、水野忠徳・岩瀬忠震・小栗忠順を挙げる人もいるらしい。その中の二人を登用したのが老中首座の阿部正弘で、彼は加えて、川路聖謨、江川英龍、ジョン万次郎など大胆な人材登用を行ったことで知られている。徳川官僚の遺産として、変革期を生きた人々の才幹、器量、品格を好き嫌いを交えて言い放っている。原田伊織氏の感情むき出しの人物評とは異なり、抑制的で余裕のある論評であり、読みやすい。 56

松下村塾 古川薫氏 徳富蘇峰は1893年にその著書の中で、「松下村塾は、徳川政府転覆の卵を孵化したる保育場の一なり。維新改革の天火を燃やしたる聖壇の一なり。」と記しているそうだ。片田舎の私塾から、”天下を奮発震動”させる人材が数多く輩出されたのはなぜか− 著者は、松陰の本領は『感化力』であると結論付ける(本書原本は1995年刊行)。2014年に、河合氏は『アジテーション力』だと言っている。ほぼ同じだろう。獄中で書かれた遺書である留魂録の冒頭にある、”身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置まし大和魂”からも、松陰の感化力や扇動力を想像することができる。 55
明治維新という過ち 原田伊織氏 副題は、『日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』。2015年刊行の<増補改訂版>を進化させた<完全増補版>らしい。筆者は吉田松陰を称して、”今風にいえば、東京から遠く離れた地方都市の悪ガキ”とし、”歴史の要点を正確に理解する上では殊更採り上げるほどの存在ではない”と言い切る。松下村塾って何だったのだろう、と一生懸命調査・研究する人がいる一方で、さほどの勉強もせずに切り捨てる人がいる。幕末動乱以降の出来事を飾り立てなく隠すこともなく、正直にテーブルの上に並べたいのなら、彦根大好き、長州大嫌い、会津大好き、水戸大嫌いという感情論は慎んだ方がいいのに、と残念に思う。 54

吉田松陰と久坂玄瑞 河合敦氏 副題は『高杉晋作、伊藤博文、山県有朋らを輩出した松下村塾の秘密』。二年にも満たない期間で、多くの人材を輩出した松下村塾の秘密は、”ゼミ方式の実践的な教育スタイルと、己の生死すら度外視した驚異的なアジテーション力にあった”と結論付けている。「至誠にして動かざる者は、いまだこれあらざるなり。」という孟子の言葉を使う松陰は、多くの人を動かした。動かそうとして動かした。見方によっては、ある種のカルト集団の教祖であり、テロリストのアジテーターと言えなくもないだろうと思う。 53
明治維新の長州人マインド゙ 藤本生松氏 売るため、売れるためのタイトルとなっている。「幕末義人の魂の叫び、いま再び甦れ!」と帯広告にある通り、長州人マインドの話もあるが、それはおまけであって、筆者の言いたいことは、統一教会の文鮮明と韓鶴子両氏の素晴らしさだ。神様と人間、それぞれに役割があり、責任があるという。タイトルからは隠されているが、読みようによっては、統一教会の単なる宣伝本である。出版時期から考えると、筆者は2022年7月の安倍元首相銃撃事件を知らずに執筆している。その後、統一教会は世間からカルト教団とみなされている今、筆者は何を思うのだろうか。 52

ビジョナリーカンパニー ジェームズ・コリンズ&ジェリー・ポラス氏 原著は1994年発行の古い本である。当時、設立から50年を経過してなお、繁栄している企業18社と、18社それぞれの比較対象企業18社を調査し、VisionaryCompanyに共通するものを探し出し、それが比較対象企業にはない(あるいは、弱い)ことを調べ上げている。最も重要なのは、基本理念を維持し、一貫性を追求しながら、進歩を促すことだとする。基本理念以外は、変えても変わっても構わない。それぞれがカルトのような企業文化を持ちながらも、心理的安全性の中に安住しない特徴があるという。30年前のVisionary Companyが今も元気かというと例外もある。モトローラの崩壊は気になる。 51

THEADVANTAGE PATRICKLENCIONI氏 日本語訳の本が見つからなかったので、頑張って原著を読んだ。本自体は現役時代、スイスにある海外パートナーのCEOからもらった。組織がHealtyであることが、ビジネスにおいてもっとも重要だとし、Healthyであるための基本原則について語っている。@結束したリーダーシップチームを作りあげること、A透明性を作ること、Bくど過ぎるくらいの意思疎通を図ること、C透明性を補強すること、の4つである。組織の使命を重んじるところや、その浸透のさせ方など、コリンズ&ポラス両氏の影響を大きく受けているようだ。 50

企業のすべては人に始まる ウィリアム・ポラード氏 原題は、「The Soul of the firm」であり、直訳すれば、「会社の魂」。米国のサービスマスター社中興の祖を言われている著者は、20年にわたりCEOとして会社をリードしてきた。4つの社是は、”神を敬う”、”互助”、”ひとつ上を目指す”、”より大きな利益を求める”で、人を生かす機会を作ることがリーダーの仕事だとし、21箇条からなる行動原則を策定した。生業は、掃除だ。単純作業と思われがちな清掃という作業において、成長意欲ややりがいをどう育んできたのか、興味深い。日本人としては、やや宗教のにおいが気になるところは否めない。 49


フロー体験とグッドビジネス M・チクセントミハイ氏 心理学者である筆者の関心事は、人々の幸せ。その人々は多くの時間を組織(例えば、会社)で過ごす。組織のなかで、どう過ごすと幸せなのか、どのような組織であればそれが実現できるのか、筆者の関心は広がる。多くの企業経営者のインタビューをベースにしながら、フロー研究の第一人者としてグッドビジネスを探求する。その経営者の使命として、@ベストを尽くすこと、A人を助けること、Bよりよい社会を築くこと、があると言う。お金儲けだけに奔走する経営者、およびその後ろの強欲投資家を絶滅させるべく社会からの圧力を強めたいと考えているようだ。 48

フロー体験入門 M・チクセントミハイ氏 副題は、「楽しみと創造の心理学」であり、ポジティブ心理学の第一人者による著作。「富の争奪や自己権力の拡大に心理的エネルギーのすべてを注ぐ人々は、エントロピーの総和を増やす」とし、「真のチャレンジは自分の意識に存在するエントロピーを増大させることなく、自分を取り巻く環境のエントロピーを減少させること」とする。この活動のひとつがフローであるとし、フローとするためには、スキルとチャレンジが高次でバランスし、目標が明確で、迅速なフィードバックがあることが条件となる。フローが成長(複雑化≒統合化+差異化))をもたらすという図式は、残念ながら実感としては理解が及ばない。 47

なぜ、あなたのチームは力を出しきれないのか? パトリック・レンシオーニ氏 会社経営の要諦として、健全な組織であることが一番大切だとし、その健全なる組織をつくるために4箇条の指標を定め、実践しているCEOの物語。@まとまりがある指導者チームをつくり、その結束を維持する A透明な組織をつくりだす B組織が決定したことの伝達はやり過ぎるくらいやる C人事システムで透明な組織を強化する。4つの指針は、戦略・戦術よりも組織作りが優先するという考え方に基づく。鶏が先か、卵が先か、という議論もありそうだが、会社経営にあたって、まず組織(のあり方)ありき、という考え方は頷ける。 46

幸せのメカニズム 前野隆司氏 幸福学を研究する学者さんの著作。アンケート調査から幸せの四つの因子を見出したという。「やってみよう」、「ありがとう」、「なんとかなる」、「自分らしく」がその四つ。幸せを感じている人は、そうなんだろうな、と思う。後半は、こだわりの四因子をベースにした”幸せ”の押し売り感が強すぎるかも。「”お疲れ様”と言うな」とか、「(地位財に拘らずにご機嫌にやっている)俺を見ろ」とか、「自分らしく」を通り越して、自説への拘りが強すぎないか、と思ってしまう。ストレスを感じていない人は周囲にストレスを与えていることが多いと聞いたことがあるが、その典型例のような気がする。 45

LIFE 3.0 マックス・テグマーク氏 2017年に全米でベストセラーに輝いた、AIに関する啓蒙書。LIFE1.0では自身のハードもソフトも再設計はないが、LIFE2.0ではソフトは進化する。LIFE3.0ではハードも進化する。進化したAIは超知能となり、LIFE3.0を”生きる”可能性が大きいと言う。ハードの再設計も伴う知能爆発が起きるとき、果たして人間(ホモ・センティエンス)はそれをどう迎い入れるのだろうか。AIの安全な進化のために今、準備すべきことがあるある、と力説する。もともとは理論物理学者である筆者は、FLI(Future ofLife Institute)を設立し、人間の未来を人間が造るべく活動する。残念ながら、日本は遅れている。 44

その幸運は偶然ではないんです! ジョン・クランボルツ氏 他 Planned Happenstance Theory(計画的偶発性理論)の提唱者であるスタンフォード大学の教育・心理学教授であったクランボルツ氏の著作。本書は2004年に書かれたもので、氏は2019年にお亡くなりになっている。先のことなどわからないので、明確な目標をもってそれに拘り過ぎるのはよくない。選択肢は広く持ち、常にオープンマインドでいよう。とりあえずやってみよう。やらないと何も得られない。失敗するのはフツーのことだ。失敗を恐れてやらないのが一番良くない。人は生涯、学び続けるべきだ。ふむふむ− 大筋合意。 43

臆病な詩人、街に出る。 文月悠光氏 2008年に、史上最年少18歳で中原中也賞を受賞した”詩人”のエッセイ集。どこまでがホントなのか、よくわからないが、エッセイ集を読む限りにおいてはちっとも”臆病”ではない。あれやこれや考えすぎてしまう傾向はあるものの、根っからの臆病者であれば、できないようなこともいろいろと実際にやっちゃっている。自己肯定感の強い人のようで、やっちゃったことは基本的に前向きに捉えているように感じる。筆者に”街に出る”という企画を与えた編集者にマーケティングの能力を感じた。 42

人生100年 新時代の生き方論 浅見徹氏 これまでの多くの生き方論は、人生50年時代のもので、50歳以降は余生の扱いになっていて、人生100年時代の指針になるようなものが見当たらず、筆者はこの本を書いた。宇宙誕生から138億年の歴史を意識し、最新の物理学の知見も参考にしながら、定年退職後の第二の人生の過ごし方を提案する。「質量とエネルギーの等価性」、「二点間を結ぶ光の経路は、その所要時間を最小にするものになる」、「一定条件下で原子は、エネルギーを効率的に吸収・散逸し、エントロピー増大に向かった自己組織化を自然に行う」などの理論を学んだ結果、人間は宇宙に生かされている、宇宙の法則に従って生きよう、との結論に至ったようだ。 41
60歳から幸せが続く人の共通点 前野隆司氏
菅原育子氏
『幸福学』を専門とする前野氏(慶大大学院教授)と『老年学』の研究者である菅原氏(西武文理大准教授)による共著。アンケート調査結果はたくさん登場するが、アカデミックな要素はあまりない。幸せの4つの因子として掲げられている、@やってみよう、Aありがとう、Bなんとかなる、Cありのままに、はわかりやすい。特に、心配ばかりしてもしょうがないという点で、Bはその通りだと思う。ムリしても疲れるだけという意味で、Cもそうだろうな、と思う。@のやってみようと、Cのありのままに、をどう折り合いをつけるか、日々の生活ではここがポイントのひとつのような気がする。 40

AI産業の動向とカラクリがよ〜くわかる本 讚良屋安明氏 筆者略歴で、肩書がないのは珍しい。珍しい苗字なので調べてみると、SARATEC.Me(サラテックミー)というITコンサルティング会社の代表のようだ。よく勉強しているなぁ、よく調べてるなぁ、という印象だ。と同時に、就活用の本としては少し難しいだろうな、「第7章国内外のAI企業」で紹介されている21社をどうやって選定したんだろうな(≒(GAFAM+BAT)以外は宣伝かな)、と思った。AIの普及に伴って産業構造が変わり、AI産業が形作られ、AIプロンプトエンジニア、AIコンプライアンスマネージャー、AI倫理学者、AI予測分析士、センチメントアナライザー等の新たな職業が生まれる。 39

理系女性の人生設計ガイド 山本佳世子氏 かつてリケジョは天然記念物だった。医学や農学系にはそこそこ存在していたが、工学系の学部にはほとんどいなかったように思う。東北大学と東京大学の理系教授(大隅典子氏と大島まり氏)にも登場してもらい、リケジョも面白いよ、と中高生に呼びかけている。また、すでに理系学部に在籍している学生にリケジョのキャリアについて考える機会を与えている。女性とか、理系とか、そんなに拘らなくても良いのでは、と思うところもありながら、それはこれまで勝ち組であった男性だからなのかもしれない。 38

老いの失敗学 畑村洋太郎氏 1941年生まれの著者は、2024年現在、83歳。失敗学の大家として有名な方である。自らの”老い”を観察し、”老い”を原因とする”失敗”を分析する。”老い”による失敗は、失敗学でいうところの「ベテランの失敗」に似ているという。歳を重ねると、並列処理ができなくなり、忘れ物ややりっぱなしが増えてくる。ひとつひとつの処理を初心者同様に確実にやることが大切とのこと。”あれ、何しようとしてたんだっけ?!”と思うことが増えてきたら、あるいは、ハインリッヒの法則(300件のヒヤリハットがあって、29件の軽傷、1件の重傷がある)に思い当たるところがあれば、プライドは捨てて初心に帰るべし。 37

理系のための人生設計ガイド 坪田一男氏 ドライアイ研究の第一人者である著者の経験に基づく人生指南。タイトルは「理系のための」とあるが、正確には「医学系研究者を志す大学生のための」という内容だ。著者は博士号を取得してから、海外留学に出掛け、帰国してすぐに大学で教職を得て、教授まで登りつめた。臨床も怠らず、論文執筆にも精を出し、法人組織も作った。さらに、5人の子供を育てあげ、大学を退任してからも自分のやりたいフィールドでやりたいことをやっている。これを「運が良かった」と言う。「運が良い」という表現の裏側には、自己顕示や承認欲求が少なく、環境への感謝の念が伺えるところが素晴らしい。 36

資本主義の宿命 橘木俊詔氏 たちばなきとしあき氏は京都大学名誉教授で、労働経済学の第一人者とのこと。資本主義の下では、格差は拡がるので、どうにかしなきゃいけないとの筆者の思いがひしひしと伝わってくる。@貧困の割合、A貧富の差、B大金持ちの数という三つの観点があるとして、貧困層の割合が高い日本では、@を改善すべきと筆者は主張。そのために、累進課税強化を進めるべき、と説く。また、Bはピケティがフォーカスし、注目を浴びた領域ながら、筆者も同意の模様。そして、北欧的福祉国家を目指そう、と主張する。  35

普通という異常 兼本浩祐氏 筆者は精神科医である。ADHDやASDの患者と日々、つきあっている。人間とは何か、人間であるということはどういうことなのか、を患者を通して、哲学者の知見を通して探る。”デカルト的コギタチオ”という言葉が何度も何度も登場する−難しい。精神病は脳の病であり、脳は人間の根源であり、それは哲学に繋がるー難しい。難しいことを、「色・金・名誉」にこだわる現代人(=普通の人)の「いいね」承認欲求を援用しながら、わかりやすく書いたのであろうが、やっぱり難しい。 34
灰の劇場 恩田陸氏 雑誌「文藝」で2014年から2020年まで連載されたものだそうだ。フィクションとノンフィクションを章ごとに分けて綴るというユニークな書き方で、ノンフィクション部分で、二人の主人公が匿名(MとT)なので、感情移入が難しい。ネット上の読後感を見ても、一回目ではよくわからず、二回目でスッキリしたという感想が多い。大学時代の同級生である中年女性二人の自殺−心中というべきか− これは新聞でも報道された事実である。なぜ、一緒に死んだのか、死なねばならなかったのか− 筆者の”妄想”が膨らむ。 33
<共働き・共育て>世代の本音 本道敦子氏ほか ミレニアム世代のデュアルキャリアカップルへのインタビュー(2020年実施)をふんだんに引用しつつ、彼らの新しいキャリア観を叶えるために、企業が、企業のミドルマネジメントが変わらないといけないと説く。感覚的には、10年遅れとの印象ながら、これが実態なのだろう。この先、フルタイム勤務が1日8時間であり、足りない場合を短時間勤務と称するところから見直しとなるのではないか、と思う。キャリア=管理職昇進という固定的な枠組みにも違和感がある。企業におんぶにだっこに見える施策提言にも物足りなさを感じてしまう。 32

アマテラスの暗号(上・下) 伊勢谷武氏 籠(この)神社は、京都府宮津市に有史以前からあると言われる。伊勢神宮に奉られる天照大神、豊受大神がこの地から伊勢に移されたとの故事から、元伊勢とも呼ばれる。主祭神は彦火明命(ひこほあかりのみこと)。イザナギ、イザナミの子であるアマテラスとスサノオ。初代天皇である神武天皇はアマテラスの直系子孫。こうした日本の古代の神々がユダヤ教に繋がっているとの物証を挙げつつ、ミステリーに仕立てている。古代日本がグローバルだったかも、という話はとても興味深い。そして、さもありなん、という気にさせる。 30
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赤と青のガウン 彬子女王 筆者は、彬子女王。彬子(あきこ)女王って誰? 女王って何? ってところからのスタートだ。皇室典範によれば、『女王』は、歴代の天皇の直系卑属の男系女子の内、三親等以上離れた者に付与され、『内親王』は、歴代の天皇の直系卑属の男系女子の内、嫡出かつニ親等以内の者に付与される。愛子様と佳子様が内親王で、彬子様、瑤子様、承子様が女王となる。筆者の彬子様は大正天皇の孫にあたる三笠宮寛仁(ともひと)親王の長女である。そんな彼女の5年にわたるオックスフォード留学記が本書である。側衛などという言葉も初めて知ったし、皇族の生活を垣間見ることができるのは大変興味深い。 29

「指示通り」ができない人たち 榎本博明氏 管理職がその扱いに困る部下の具体例を挙げて、彼らの認知能力、メタ認知能力、および非認知能力の課題にフォーカスして処方箋を示す。認知能力のうち最も重要なのは読解力だとし、メタ認知能力では振り返る力だとする。非認知能力ではコミュ力が大切だけれども、コミュ力の中で重要なのは傾聴力だとする。原因と対策については首肯できるが、その効果あるいは成果のほどはどれほどだろうと思ってしまう。読解力を養うために、読書せよ、というのは王道だとは思うものの、その効果はいったい、どのくらいで出てくるものなのか、と思ってしまう。 28

再興 THEKAISHA ウリケ・シェーデ氏 日本をべた褒めする。低成長、あるいはマイナス成長下で確実に日本企業は進化(=再興)しているという。集合ニッチ戦略を取って、再び、世界の覇者になる可能性があると予測する。”タイトな”国である日本では、安定志向でスピードは遅いが、これからも日本での会社という存在は、社会的な拠り所、テクノロジーリーダー、安全な避難所としての役割は失わないだろうという。褒め過ぎ感満載であって、これを「最高最良の姿見」という日本人による解説もちょっと怖い感じがする。 27

エンド・オブ・ラフ 佐々涼子氏 2020年ノンフィクション本大賞受賞作。訪問医療を行っている施設をベースに、終末期を自宅で過ごす人々の様子を記す。そこの訪問看護師であった森山氏が若くしてガンに冒され、彼自身が終末期を自宅で迎えることになった。突然死の人もいれば、余命宣告を受けて病院で過ごす人もいれば、自宅で死を迎える人もいる。人それぞれだ。「僕には、人に腹を立てたり、何かを悲しんだりする時間はないんですよ」と森山氏はよく口にしていたとのこと。最後まで誠実に生き切ったということか−自分自身に誠実に、ということなんだろうが、そこが難しそうな気がする。 26

熊野古道 小山靖憲氏 2005年に60歳台半ばでお亡くなりになった大学教授による熊野古道散策記。2004年の世界遺産登録にあたって、尽力したとのこと。平安時代から室町時代にかけて多くの上皇、公家衆が何度も参詣したという熊野三山(本宮、新宮、那智)。車や鉄道のない時代に、後白河上皇は京都から34回も訪れているらしい。筆者自身も、紀伊路、伊勢路、中辺路、小辺路、大峯奥駈(おくがけ)道を実際に歩き、熊野古道の、それぞれの魅力を伝えている。一度は訪れて、「蟻の熊野詣」と呼ばれた時代に想いを馳せてみたい。 25
職場を腐らせる人たち 片田珠美氏 7000人以上の臨床経験を有する精神科医から見た「職場を腐らせる人たち」を15パターンの事例として紹介する。事象としては、そんな人、いるいる、と思わせるものばかりだが、なぜそんな言動を取るのか、と言う深掘りは精神科医ならでは、のところも多い。期待するのは、じゃあどう接するか、という点だが、残念ながらここは薄い。まず(その人が職場を腐らせる人だと)気づいて、見極めて(保身か、悪意か、病気か)、ターゲットにされないように振るまえ、とのこと。確かに、個人として出来るのはこんなことかもしれない。 24
老いた今だから 丹羽宇一郎氏 85歳の著作である。毎日、散歩に出掛け、読書して、日記を書き続けている元気なお爺さんだ。伊藤忠商事の社長、会長を務め、その後、駐中国大使に就任された偉い方だ。『「俺が、俺が」はやめなさい』という指摘からは老害になるな、と言っているようにも見えるが、いまでも会社の後輩に電話をして、『俺はこういうことを考えたんだ。ちょっと一回検討してくれよ』と言う姿には、老害の匂いを感じてしまう。偉い(偉かった)人のアドバイスは、老害にはならないのかしらん? その電話を受けた伊藤忠の人に聞いてみたいと思った。 23
世界は経営でできている 岩尾俊兵氏 1989年生まれの、大学の若い先生。『「有限の価値を奪い合う発想」は端的に間違いだ。それは人類史に対する単純な無知なのである。』と断言し、 『人間とは、価値創造によって共同体全体の幸せを実現する「経営人」なのである。』と言う。本書を推薦している87年生まれの斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』に通じるところがある。拝金主義、奪い合いのゼロサムゲーム、価値有限思考を叩く様は小気味よい。ただ、15の○○は経営でできている、というエッセイは、万人受けを狙ってか、軽すぎる文体、表現、言い訳がましいところは少々読みにくい。 22

定年前と定年後の働き方 石山恒貴氏 越境学習について研究している法政大学の教授の著書。長く一般企業に勤めていた経験も踏まえ、サードエイジのシニアがどう”働く”のか、について、研究理論と実例から考察する。継続雇用、転職、起業という三者択一ではなく、そこにフリーランスという選択肢を加え、さらに、モザイク型にしていくことが主流になっていくのではないかと言う。個人の側からみると、良いことばかりに見えるが、”働く”場を提供する側からみるとどうだろう。どう折り合いが付くのか、付けられるのか、は研究テーマとなるような気がする。 21


夜明けのすべて 瀬尾まいこ氏 PMS(月経前症候群)によって超不機嫌になる女主人公と、パニック障害でぶっ倒れてしまう男主人公。二人とも病気ながら、フツーに迎え入れて、社員として雇用している栗田金属。大きくしようとか、もっと儲けようとか、まるで野心のない栗田社長。そんな会社だからこそ、居場所を見つけ、なんとか働くことのできていた二人がそこで出会い、交わり、化学反応を起こす。二人ともに、それぞれの諦めの中から、かすかな希望を見出し、元気になっていく、ご機嫌になっていく清々しい物語。 20


LIFE SPAN
老いなき世界
デビッド・シンクレア氏 科学者である筆者は、老化は病気である、とし、だから予防も治療もできるとする。適切に対処すれば、人生100年はフツーになり、百歳を超えて数十年生きる人も出てくる、と予想する。そんな長寿社会が到来するとき、人々の暮らしがどうなっているか、科学者でありながら社会学者のごとく推察する。産業構造、社会保障、環境、医療、働き方、、、様々な観点での考察がある。人々は、その長い人生を、余裕をもって、急ぐことなく過ごすようになるかもしれない、という指摘は特に興味深い。 19
法句教からのメッセージ 高瀬広居氏 法句教(ほっくきょう)とは、今から二千数百年前に、古代インドでまとめられた世界で最も古い経典の一つで、人間の苦悩の解決の道標とされている「知恵の花籠」であり、お釈迦様の直接説かれた教えを詩句でまとめた「真理のことば」だという。例えば、こんな聖句がある。『人の生(しょう)はうくるはかたく、やがて死すすべきものの、いま生命(いのち)あるは在り難し』 活力があって難問題の解決力があって、つまらぬ妬みや嫉みなど笑い飛ばし、怪しげな守護霊などに頼らず、生き生きと生活していることが素晴らしいとする。とは言え、多くの人は、お釈迦様と同じようには生きられないよな、と否定的に読んでしまう。 18
いきの構造 九鬼周造氏 日本文化論であり、哲学書でもある本書は読みづらい。読みにくい原書を現代語訳した本書であってもやはり読みづらい。「いき」は日本独特の文化であり、「媚態」「意気地」「諦め」から構成されるという。「媚態」とは、異性との不安定な、緊張した関係を表現し、”つかず、離れず”の様を指す。「意気地(いきじ)」は自分への誇り、であり、「諦め」は執着を断つことだとする。『運命によって「諦め」を受け入れた「媚態」が「意気地」によって自由を生き抜くのが「いき」』」であり、その構造を理解することは『私たち日本民族の存在証明として受け取る』ことであると言うが、理解するのは難しい。。。 17


老害の人 内館牧子氏 自分の娘から”老害”ぶりを指摘された福太郎はこう言う、「年取ると昔話とか自慢話とか愚痴と嘆き節とか、それを言っている時だけが楽しくてな。生きている実感があってさ。いつまでも仕事にしがみつく老人たちも、その仕事だけが自分を生かしてくれてるんだよ。」 そして、「世の中で一番つまらねえのは毒にも薬にもならねえ人間だ。老害は若いヤツには毒だ。だけど老人には薬なんだよ。」と言う。ひとつの生き方、考え方としてはありだと思う。ただ、薬のお世話にならないで済むなら、その方がいいかもしれないとも思う。 16

老害の人 老益の人 高瀬広居氏 老人によく見られる12パターン(拒絶型、家父長型、厭世型など)につき、その発生要因を分析する。例えば、厭世型では、甘えて過ごしてきたがために、「求不得苦(ぐふとくく)」(求めても得られない苦しみ)の境地にいたり、”ガソリン欠乏症”と相まって、憂鬱になってしまう。第二章以降では、老いの良い点(知恵、分別、練れた心など)を挙げて、老いの中で満ち足りた人生を歩む指針− 広い目で、こだわらず、ゆずる −を示す。そして、結語は、「老いとは人生の通過儀式にすぎない」。 15

老害 佐藤ゆかり氏 ある老人福祉施設の施設長いわく、「年を取ると人間は、個性が煮詰まる」。そんな老人たちと接してきた8つの家族の物語。わがままな母親はよりわがままになってしまい、その介護は辛いが、ほっておくこともできない。自己肯定感の低い母親は、作り話と悪口で自分を浮上させようとする。負のオーラはどんどん大きくなる中で、どう接すれば良いのか。高齢者をいたわりと保護の対象として眺める姿勢だけでは解決できないとし、もはや「よそごと」ではないと警鐘を鳴らす。 14


メンタル脳 アンデシュ・ハンセン氏 脳は生き延びることを目的として働く。生き延びるための行動を促すために感情を生む。不安やうつは防御のメカニズムだが、脳は今よりも恐ろしくて危険だらけだった世界で進化してきたため、実際には危険ではないことにも警告を発する。一方で、身体を動かすと良いシグナルが脳に送られ、感情を作る一要素となる。幸せという感情は消えるものであり、そうでなければ(生き延びるために)役立たない。だから、「いつまでも幸せでいられるはず」と期待するのは非現実的だと言い切るところは小気味よい。 13

他人をバカにしたがる男たち 河合薫氏 副題は、『職場に社会に、はびこる「ジジイの壁」の正体』とあり、なかなか興味深い。また、このジジイの定義が良い。ジジイとは、自分の保身のためだけを考えている人で、組織内で権力を持ち、その権力を組織のためではなく、自分のために使う人。会社のため、キミのためという嘘を自分ためにつき、自己の正当化に長けている人物。そして、このジジイに欠けているのがSOC(Sense ofCoherence)=首尾一貫感覚、だと言う。このSOCを高めれば、ジジイから脱することができるらしいが、ちと分かりにくい。 12



まわりを不愉快にして平気な人 樺旦純氏 ささいなことでキレる人、なぜかいつも「上から」な人、いつも他人をけなしている人、など10タイプの不愉快な人に対する対応方法を示す。共通する対処方法として、不愉快な理由を自分の性格や言動のせいだと考えず、多くは相手の態度によって生じたものだと捉えることが大切だとする。人間は感情の生き物なので、ムリに相手を好きになどなる必要はないと言う。苦手は苦手で構わないが、苦手意識が憎悪や恨みにエスカレートするのは避けるべき、と言う。その通りだと思う。 11

劣化するオッサン社会の処方箋 山口周氏 過去の成功体験に執着し、古い価値観に固執し、異質なものを受け入れず、階層序列意識が強い人。それが本書におけるオッサンであり、年齢・性別には関係ない。どこにでもいる。そんなオッサンにならないようにするための処方箋。そんなオッサンとつきあうための処方箋。若者には、そんなオッサンを変えようとはせず、エグジットを勧める。オッサンから逃げろ、離れろ、と説く。ただ、どこに逃げても、オッサンはいるのではないかと思うと、エグジットが解になるのか否か、懸念はある。 10


「上司」という病 片田珠美氏 多くの患者の話を聞いてきた精神科医による著作。上に立つと見えなくものがあるとし、それはしかたのないものだと言う。困った上司に遭遇したら、「あきらめろ」と説く。「あきらめる」とは「明かに見る」ということであり、ギブアップするいうことではないらしい。困った上司を、困らない上司に変えてやろうとは思わずに、賢いイエスマンになるのが一番良い対処方法だと言う。その賢いイエスマンになるための処方箋。ひとは変わらないから無駄な努力はするな、というのは大賛成。ただ、賢いイエスマンになりたくてもなれないひとが多いのも現実か。
9
みっともない老い方 川北義則氏 帯広告に、「恥ずかしい老人にならないために気をつけたい57のこと」とある。「キレることは恥ずかしい」などの指摘はその通りだけど当たり前だよな、と思う一方で、「病気と闘わない」、「アンチエイジングというムダ」などの指摘はなるほどな、興味深いなと思うところもある。ただ、筆者の文章は、全般的に上から目線を感じ、説教臭く感じるところが多いところは否めない。歯切れの良さがウケているのだろうが、1935年生まれの筆者が”老害”になっているのではないか、と心配になる。 8


共感革命 山際壽一氏 ゴリラ学者で、京都大学総長であった筆者による人類の未来に対する警鐘である。類人猿の代表格であるゴリラと生活を共にして学んできた経験を踏まえ、生き物を取り巻く環境が備えているもの(アフォーダンス)と共存することが人類本来の生き方であり、人類は地球という大きな環境の中のひとつの構成要素であり、人類が暴走して環境(絶対的なものではなく、種によって捉え方は異なる)を勝手に壊してはいけないと説く。言語ではなく、共感力がその礎となるはずで、人類は共感力を高めて進化してきた歴史を解説する。とても興味深い。 7

<あの絵>のまえで 原田マハ氏 日本の美術館に現存する有名な六つの絵画(と言っても、凡人は知らないものが多い)を題材に、筆者の空想が膨らむ。六篇から成る短編集。絵師はゴッホ、ピカソ、セザンヌ、クリムト、東山魁夷、モネであり、収蔵美術館は「ひろしま」、「大原」、「ポーラ」、「豊田市」、「長野県立」、「地中」。それぞれの美術館の学芸員によるあとがきは興味深いが、実際の絵が掲載されているとさらに面白かったのではないかと思う(唯一、クリムトの「オイゲニア・プリマフェージの肖像」はカラーで掲載されている)。 6

半沢直樹
アルルカンと道化
池井戸潤氏 主人公は、テレビドラマの影響で、すっかり有名人の半沢直樹。堺雅人さんの顔を思い浮かべながら読み進めると、香川照之さんや及川光博さん、市川猿之助さんらしき人物も登場する。”アルルカンとは、ずる賢く、貪欲で、食い意地が張っており、物語を引っ掻き回すキャラクターです。必ず仮面をつけ、派手な衣装を着ています。一方の道化師(ピエロ)は、とにかく、いじられキャラの役回り”であり、同じ道化役でありながら、大きく異なるものらしい。この昔から絵画の題材として多く描かれているアルルカンと道化師の絵を巡って、銀行が暗躍する。 5
聞いてはいけない 山本直人氏 副題は、「スルーしていい職場言葉」であり、具体的なフレーズを挙げている。「絶対大丈夫か?」「やればできる」など聞き流しなさいと若い人に説く。若者に対する応援歌であり、昨今の風潮にも疑問を呈する。例えば、組織はワークライフバランスという迷路に陥っているのではないか、成長には負荷が必要であるという当たり前のことが忘れ去られているのではないか、と言う。忘れ去られているのではなく、目に見えない圧力を感じて言えなくなっているのが現状ではないかと思う。言えないなら、感じてもらうしかないのかもしれない。 4


「老い」の正解 岡本裕一朗氏 著名な哲学者が「老い」とどう向き合ってきたか、を解説するとともに、これからどう向き合っていくのが良いのか示唆に富む良い本である。老人を、権力のありなし、仕事のありなしで4つのカテゴリーに分類し、パワー老人、プレミアム老人、リサイクル老人、スクラップ老人としているのはとても興味深い。パワー老人が老害の典型とされ、集団自決せよ、などと言う輩もいる中で、圧倒的多数は実はスクラップ老人ではないかと言う。そして、老人は若者の未来である! と言う。その通り! だと思う。 3

老害の壁 和田秀樹氏 最初から最後までずっと、高齢者の運転免許自主返納についてこだわり続ける。世の中の同調圧力に屈するな、と説き、好き勝手にやればいい、と応援する。老害と言われても気にするな、と言う。むやみに、老害恐怖を感じて怯えて生きることはない。老害という言葉からして、ある種の同調圧力であり、その壁を超えよう、と説く。と同時に、医師である筆者は、世の中にはびこっている健康に関する誤ったしきたりや論調を批判する。 2

年長者の作法 一条真也氏 帯広告には、「老害の時代に、年長者のあなたが周りから非難されず、幸せに生きるコツ!」とある。最終章は、終活(修活)アドバイスとなっている。筆者は、小笠原流礼法の免許皆伝を受けるとともに、全国冠婚葬祭互助会連盟会長などを歴任。本書でも、礼儀にまつわる話や、葬儀にまつわる話が多くある。老人向けに、人生の最後に備えよう、とやさしく説く。そのためには、老いに親しみ、縁を作ることが大切だと言う。 1

<2023年> 


プア・ジャパン 野口悠紀雄氏 副題は、『気がつけば「貧困大国」』。日本が”貧困大国”になったしまったのは、政治のせいだとし、円安誘導、補助金バラマキがその元凶だと指摘する。政府の介入によって、現状に安住してしまった民間企業のデジタル化は遅れ、賃金上昇も見られなかった。このままでは、高度人材は海外に流出し、ますます貧困の道を辿ることになると警鐘を鳴らす。そして、日本再生のエンジンは、デジタル人材に求めるべしとその処方箋を示す。確かに、弱いところを助けるための政府介入は結果として、うまくいかないことが多いんだろうな、と思う。 20

さよなら妖精 米澤穂信氏 そう言えば、ユーゴスラビアという国があったなぁ、でも最近、耳にしないなぁ、なんて常識の欠落した人も多いのではないかと思う。かく言う私もその一人だ。お恥ずかしい。分裂直前、そのユーゴスラビアから来日した少女が登場する。ユーゴはその後、スロベニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニアという六つの国になった。その少女はどこの出身でしょう的な謎解きの物語だ。少女を取り巻くのが、日本の高校生という設定に違和感を感じてしまった。それぞれにかなり大人びた高校生だとの印象。 19

世界でいちばん透きとおった物語 杉井光氏 帯広告に、太字でネタバレ厳禁とある。タイトルの”透きとおった”にまつわるネタだ。厳禁とのことなので、ここで明かすことは避けるが、それは”紙の本でしか”体験できないことだ。人それぞれだろうが、驚愕はしたが、感動はなかった。よくやるよなぁ− 作者は、ものすごいこだわりのある人なんだろうなぁ− その努力には敬服だ。物理的に透きとおることが、心に透きとおる感動を呼ぶかというと、やはりそれは人それぞれなんだろうと思う。 18

正欲 朝井リュウ氏 正しい欲望(正欲)という筆者の造語は、人が何を見てどう思うかなんて、人それぞれなので、正しいとか正しくないとか、そういう話ではないって言っているような気がする。本書には、水が流れる様を見て、興奮する人が登場する。そういう人もいるのだろう。LGBTQという言葉とともに、多様性を尊重しようという時代だが、人ではなくモノに反応する人がいる(かも)という指摘は新鮮だった。人それぞれの中で、多様な価値と交わるのがいいのか、同一の価値に閉じこもるのがいいのか、カミングアウトせずに生きるのがいいか、やはり人それぞれなんだろう。 17


満願 米澤穂信氏 筆者はこののち直木賞も受賞している実力派。本作は、山本周五郎賞を受賞した6つの短編からなる作品。トリックを駆使したミステリーではなく、どちらかと言うと、重厚な趣の中で、人間の心のあやを描く。それぞれが興味深く、繰り返し読んでみたくなる短編集だ。78年生まれの筆者は、中学生のころから作家になると心に決めて、文学部を卒業後、見事にその夢を果たしたそうだ。 16

リボルバー 原田マハ氏 フィンセント・ファン・ゴッホは、1890年に37歳で拳銃自殺をしたとされている。その経緯は不明なところも多く、従前より他殺説もあったらしい。アートにこだわる筆者は、ゴッホと交流のあったゴーギャンをその犯人に仕立てる。ゴーギャンとゴッホの生前の交流、交流することによる二人のそれぞれの葛藤を描きつつ、ゴッホの死の謎に迫る。天才同士であるが故の交流の難しさを創作する。(ゴッホが自殺に使用したとされるリボルバーは、2019年、パリのオークションで約2千万円で落札された。) 15

コンビニ兄弟 町田そのこ氏 コンビニを舞台にした人情連作短編集。ビジネスを描くお仕事小説ではなく、コンビニにやってくる人々の生きていく中での悩みを描く。本人にとっては極めて重くて深い悩みながら、そんなに深刻な悩みではなく、コンビニの店長、その兄弟、店員、お客さんが絡んで解決(?)していく、お気軽小説。悪人が登場しないこともあって、ほっとさせる物語集となっている。
14
渇水 河林満氏 水道局の中には、水道代の支払いが滞っている家庭の給水を止める仕事がある。タダでずっと水を使わせる訳にはいかないが、給水を止めて死に至らせる訳にもいかない。そんな仕事をしている主人公が、幼い姉妹のいる家庭を訪問し、停水執行に至るまでの様子を描く。親は不在がちでなかなか会えない。今日も日本のあちこちで、停水が執行されているのだろう。難儀な仕事であるが、誰かがやらなければならない。 13


52ヘルツのクジラたち 町田そのこ氏 52ヘルツって何だろう、と思って手にした本。52ヘルツのクジラは、他のクジラとコミュニケーションできないらしい。一生懸命、鳴いても叫んでも、周波数の違いから他のクジラには届かない。孤独である。孤独な主人公貴湖が逃避してきた先で出会うのは、孤独な少年。少年はしゃべれないが、どうやら、この二人は52ヘルツで会話ができるようだ。二人が出会い、心を通わせ、目標にたどり着くまで読みやすい文章で描く。2021年本屋大賞の第一位作品。 12

あなたのチームは機能していますか? パトリック・レンシオーニ氏 危ない組織の5つの症状を物語を通して、解説する。最悪は、「信頼の欠如」だとし、その次が「衝突への恐怖」。その次に、「責任感の不足」があって、「説明責任の回避」。最上位に「結果への無責任がある。チームビルディングのプロがCEOとなり、組織を変革する物語だ。ありそうであり得ない、というか、現実感の乏しさは否めない。まだまだ年功序列の慣習が残り、その会社での社歴が重要視される日本の会社では、すとんと腹落ちはしないかもしれない。 11


風神雷神(上・下) 原田マハ氏 1582年の冬に、長崎を出航してから3年後、ローマでグレゴリウス13世に謁見したとされる天正遣欧少年使節団。その使節団に、尾形光琳と並び称せられる江戸初期の大画家である俵屋宗達が同行したというフィクションを作り上げ、現地で、宗達とカラヴァッジオが出会うというストーリーは虚構の上の虚構。見る人に感動を与える絵を追い求める宗達。芸術に造詣の深い筆者ならでは、のアート巨編になっている。絵が大好きな宗達と、同じく絵が大好きな筆者の思いが伝わってくる。 9
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怒れる老人 安藤俊介氏 副題は、『あなたにもある老害因子』。日頃、老害とだけは言われたくないと思っているので、なかなか興味深い。筆者によれば、老害因子は@執着、A孤独感、B自己顕示欲だそうだ。執着を手放すのが難しいかもしれない。ルーチンの方が楽で、安心・安定をもたらしてくれるから。好奇心は元気、活力がないとなかなか生まれないかもしれない。逆に言えば、好奇心旺盛な老人は元気であり、人のことはあまり気にせず、老害にはなりにくいのかもしれない。 8


暇と退屈の倫理学 國分功一郎氏 東大で哲学を研究している学者さんの著書。暇と退屈を定義し、昔の偉大な哲学者の考えを引用しながら、批判しながら自説を展開。素人でもその名前を知っているハイデッガーが、「退屈から逃れるためには決断せよ!」と説いているところで、著者は、「決断することは、『決断の奴隷』になることだ」として、彼を批判する。小気味が良い。『奴隷』になると、自由がない。自由がないと退屈になる− なるほど、と思わせる展開だ。気晴らしをしながら、適度に退屈するのが良いらしい。 7

春に散る(上・下) 沢木耕太郎氏 同じボクシングジムで若き時代を過ごしたシニア4人が40年ぶりに再会し、ひょんなことから一つ屋根の下で共同生活を始める。4人それぞれが、それまでまるで接点のない生活をしてきたが、それぞれに晩年の過ごし方を模索していた。共同生活のための物件を紹介してくれた不動産屋の若い娘、佳菜子がいい味を出しつつ、そこに、将来有望なボクサーである翔吾が登場。シニア4人+ジュニア1人で、翔吾の成長を応援する。自分たちの果たせなかった夢を託す。自分たちの経験を伝授する。晩年の過ごし方としてありだと思う。 5
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ひと 小野寺史宜氏 ひと、と、ひとの出会いを通じて、若者が成長していく様子を描いた作品。田舎から上京し、大学に通っていた主人公は大学を中退せざるを得ない事態に遭遇する。商店街にある惣菜屋の店先での”ご縁”を通じて、これまで知らなかった世界に足を踏み入れる。まさにドラマだ。狙って得た縁とは違う不思議な縁だ。不思議な縁は日々いろんなところで、待ち受けているのだろう。それを掴むか否かは時の運。だから、”ご縁”と言うのだろう。縁が”ご縁”となる、あるいは、縁を”ご縁”とするのは面白い。 4

縛られる日本人 メアリー・ブリントン氏 一直線に人口減少の道を歩んでいる日本。出生率は最低。不足する労働力を補う意味もあって、様々な女性参画の取組みが行われている。例えば、育児休業制度。アメリカにはないらしい。休業期間も延びて、保障される休業手当も手厚い。が、しかし、こうした制度は女性が家事や育児をし、男性は外で働くという古い社会規範を打ち破ることはできない(というか視野に入っていない)。労働参画した女性は働くことと家庭のことでいっぱいいっぱいとなり、出生率の増加には結びつかず逆効果かもしれないと言う。興味深い考察だ。 3


バカと無知 橘玲氏 ヒトの集団の中では、「平均効果」が生じるらしい。愚か者が自分の能力を大幅に過大評価し、賢い者が自分の能力を過小評価することによって、集団の決定はバカに引きずられてしまうとのこと。他方、「ダニング=クルーガー効果」も知られており、それを筆者は、バカの問題は、自分がバカであることに気づいていないこと、とする。そして、ワンマン企業が成功する可能性があるのは、「独裁者」の意思決定によって「バカに引きずられる」効果を回避しているから、かもしれないと説く。言いたい放題で面白い。 2

青空と逃げる 辻村深月氏 高知の四万十川、兵庫の家島、大分の別府、仙台と母子の逃避行を描く。それぞれの場所で、その場所ならではの、母子それぞれの経験と、母子の繋がりが描かれる。それぞれに興味深い。ただ、なぜ、そこまでして”逃げる”のか−腑に落ちないところが残念だ。なぜ、次から次へと転居しなければならないのか− 主人公である母、早苗は息子である青空で犯したであろうの罪から逃げていたのか。青空は、母の辛さに寄り添っていただけなのか。[傲慢と善良]にも登場する早苗と青空と、父の次の物語が楽しみだ。 1

<2022年> 



挑戦と行動 吉弘京子氏 株式会社ユー・エス・イーは、2020年に創業50周年を迎えた。50年前に弱冠二十歳の女性が立ち上げた会社だ。3人で始めた会社が年商百億円になるまでの経緯が詳らかにされているが、イコール、その女性の自伝である。当時は、女性起業家であることすら珍しく、しかもIT業界である。その頑張りで、パトロン企業にも恵まれて、成長を続けてくることができたのではないかと思う。昔の知り合いがこの会社にお世話になっており、創業者の著作本をいただいた。読みやすさもあって、一気読みしてしまった。 25

百花 川村元気氏 人間は記憶でできている、という説があるらしい。では、記憶を失ったら人間ではなくなるのか− 認知症の母と息子の物語。その息子には、過去に忘れがたい母の記憶がある。幼い時に、一時的とは言え、捨てられたという記憶がある。わだかまりが残ったままだ。一方の母の方は、息子を見ても、「あなたは誰?」と問うほどに記憶を失っている。重くて、暗い、けれども、どこにでもある話だろう。母と接する中で、息子は忘れていた記憶を思い出す。忘れがたい記憶の裏には、忘れていた記憶もたくさんあるのだ。 24

臨床の砦 夏川草介氏 海堂尊氏と同じく医者であり、作家である著者が新型コロナ禍の医療の現場を書き記した。著者は「神様のカルテ」で、医者と患者の温かいふれあいを書いているので、新型コロナでどんなふれあいがあったのだろうと期待したが、やはり、そんな余裕は微塵もなく医療現場は悲惨な状況だった。新型コロナ狂騒録である。海堂氏の著作と異なり、不平不満や愚痴は極力排除し、純粋に、医療現場での奮闘ぶりが窺える。医者だって、看護師だって怖いのだ。怖いけど、自分たちがやらなきゃという、の凄い使命感がそこにはある。 23


傲慢と善良 辻村深月氏 4泊6日の海外出張中に読み切った。500頁に及ぶ大作ながら、途中からは一気読みだ。架(かける)と真実(まみ)は、それぞれが結婚とその先にある人生に悩んでいる。ある日、真実が忽然と消えてしまったことから、架は動き、考え、知り、考え直す。一方の真実は、誰も知らないところで、知らない人と触れ合い、考え、考え直す。人は「傲慢」である。人は「善良」である。その人の世界での善良は、ややもすれば傲慢となる。結婚は世界が広がることを意味する。傲慢であってはならないんだろうと思う。 22
コロナ狂騒録 海堂尊氏 医者であり、ミステリー作家である著者が、新型コロナ禍をどうエンタテイメントに仕立ててくるのか興味津々で読み始めたが、、、医師の立場からの不平不満、愚痴のオンパレードであり、すっかり興覚めだ。政府がダメ、地方自治体もダメ。あの政策がダメ、この施策はダメ。さらに鼻につくのが実在の人物と思わせる登場人物に対するダメ出しだ。解説にあるように、コロナ禍の記録本としては価値があるのかもしれないが、残念ながら、ここには(勝手ながら)求めていたエンタテイメントはない。 21

老いの品格 和田秀樹氏 1960年生の著者は、実体験としての”老い”を経験し始めている。よき晩年への一歩を踏み出すべく、品のあるジジイを目指している。”おもしろい老人になろう”と言う。常識に縛られない発想ができ、”だてに歳はとっていないと誇れる老人になろう”と言う。一方で、老いに対してジタバタせず、加齢を怖がらず、お金や肩書への執着は捨てよう、と言う。常々、老害にはなりたくないと思っている自分と通じるところがありそうだ。品のある、おもろいジジイになりたいとあらためて思った。 20

定年後の遊び方 赤井誠生氏 1952年生まれの著者は、実体験としての”定年後の遊び方”を知っている。もともと、心理学者であるので、本書の副題には「心理学からのアプローチ」とある。遊びと仕事の違いを、命令と金銭的報酬に置きながらも、いずれも夢中になる時がある、という捉え方は面白い。人は、「驚き」、「曖昧さ」、「新しさ」、「変化」を求め続けていて、それらを見たり、聞いたり、知ったり、感じたりすると楽しくなるらしい。定年後は時間的な制約も少なく、より自由な視点・視座から、モノを見たり、聞いたり、感じたりすると楽しい日々が送れると説く。そんなにうまく行くのか、と思わないでもないが、とりあえず、乗っかってみるが得策だと思う。 19

ほんとうの定年後 坂本貴志氏 1985年生まれの著者は、実体験としての”ほんとうの定年後”は知らない。本書は”定年後”の多くの人々の今を調査した結果として執筆されている。定年後は、自分のペースで仕事をしている人が多く、「仕事の負荷が下がり、ストレスから解放される」。自分のペースでする仕事は小さな仕事が多いが、そんな小さな仕事が日本社会を救う、と言う。お金の心配をしている人も多いが、年金がもらえるようになれば月10万円ほど稼げばなんとかなるし、なんとかしている人が多い、と言う。ただし、健康ならば、という前提条件付きの話だ。 18
消滅世界 村田沙耶香氏 人工授精で子どもを産むことが当たり前の世界が来るかもしれない。実験都市”千葉”はそんな世界だ。子どもの親は特定されず、実験都市の子どもであり、みんなが育てる。みんなが”おかあさん"。ここまでであればまあ、そんな世界もあるかな、と思わないでもないが、子宮のない個体(=男性)に、人工子宮を装着して男性が子どもを産むという世界は来ないのではないかと思ってしまう。医療技術が発達して人工子宮を作ることができるなら、わざわざ男性に取り付けずとも完全機械ができるはず、と思ってしまう。やり過ぎ感がある。 17

絶対悲観主義 楠木健氏 一橋ビジネススクールの教授で、”発表大好き”な作者が自分の思いを”発表”している。作者にとってのベスト、ベターであって、万人に通用する話ではない。そんなことは百も承知で、”発表大好き”な作者のペンは進む。基本的には、成功者の成功物語だ。「心配するな、きっとうまくいかないから」と帯広告に大書してあるが、うまくいかないと困るから心配するのがフツーの人で、うまくいかなくても困らない状況を作り出すのが難しい。気持ちの持ちようとしてはイイけど、うまくいかないと困ることが多いのがフツーだろう。。。 16


美しき愚かものたちのタブロー 原田マハ氏 後に、松方コレクションと呼ばれるようになった西洋美術品を収集する男たち。ヨーロッパに残置されたそのコレクションを戦後、日本に取り戻そうとした男たち。タイトルのタブローとは、フランス語で絵画を意味するらしい。松方幸次郎氏は、1865年生まれの実業家で、川崎重工業の前身である川崎造船所の社長などを務めた富豪。日本に西洋美術館を作りたいとの思いから、欧米でせっせと買い集めた美術品の総数は1万点にものぼるらしい。アート大好きの著者が最大級の賛辞を込めて、流転の歴史を書き上げている。 15

ラジオ・ガガガ 原田ひ香氏 実在のラジオ番組が多数登場する。実在のパーソナリティが実際の名前で登場する。岡村隆史、ふかわりょう、オードリー、伊集院光、、、まったく知らなかったが、『深夜の馬鹿力』という伊集院が一人で2時間しゃべる番組は95年から続いているらしい。たとえば、そんな番組に耳を傾ける老若男女の六つの物語。テレビやインターネットよりもラジオの方がパーソナリティが傍にいる気がする。昔々、大学受験の勉強をしながら「オールナイト・ニッポン」を聞いていた頃を思い出した。 14
むかし僕が死んだ家 東野圭吾氏 もう一度、読むときっと面白いのだろう。登場人物は二人だけ−と帯広告になる。確かに、しゃべる登場人物は、「私」と彼の元カノだけ。その元カノの幼少期の謎を追って、山奥の一軒家で、二人の探偵ごっこが始まる。彼女が昔のことを思い出すとき、登場人物は増えていく(ただし、いずれもしゃべらない)。そしてだんだんとわからなくなる。複雑なプロットではないが、何か腑に落ちない。ちゃんと読めていないのだろう−老化現象かと思うとチト哀しい。 13

元彼の遺言状 新川帆立氏 第19回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。元彼の遺言状には、「残りの僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」とあった。その財産の大半は、大企業の株券だ。その大企業の創業家の一員である彼の株が、見ず知らずの他人の手に渡ると創業家は大変なことになる。犯人が特定できない場合は、国に寄贈することとされている−株主が国になってしまうのも厄介だ。なかなか面白い設定だ。元彼はなぜ、こんな手の込んだことをして、死んでしまったのか−弁護士の剣持麗子が解き明かす。(ちなみに、著者も東大法学部卒の弁護士らしい) 12

東京ロンダリング 原田ひ香氏 本当にこんな職業があるのか定かではないが、あるのかもしれない。事故物件の浄化屋さんだ。自殺者の出た貸し部屋など、不動産屋は告知義務があるらしい。誰しも、事故物件に好き好んで住もうとはしないだろう− ここにこの職業の存在意義がある。事故物件に1カ月以上住んで実績を作ると、事故物件としての告知義務がなくなる。幽霊が出る噂のある部屋に住んで、お給料をもらうのだ。やる気をなくしてそんな仕事をしている主人公が、再生していく物語。ほっこりする。 11


スイート・ホーム 原田マハ氏 期待を裏切らない作品だ。地方で小さな洋菓子店「スイート・ホーム」を営むパティシエを父に持つアラサーの陽皆(ひな)が主人公。どろどろした話はなく、複雑な展開もない。日常のさりげないイイ話から成る連作短編集。そういうのって、あるある、と思わせ、ちょっとだけ、それはないでしょ、みたいな話を織り込む。それはないでしょ、という話も悪い方ではなく、いい方に振るので気分が良くなる。原田マハさんは上手である。外れがない。 10

WOODAP 中村靖氏 副題は、「上下水道の未来への処方箋」。著者は、メタウォーターという会社の会長である。メタウォーターは、2008年に、日本ガイシと富士電機の水環境部門の合併で誕生した会社で、水環境プラントの設計、施工、運転、維持管理を行っている。東日本大震災を目の当たりにして、「どうすれば全く壊れないか」から「どうすれば壊れたときでもすぐに復旧できるか」へ考え方を変えたそうだ。臨機応変に戦い方を変えるOODAサイクルの頭に、Water/Wisdomを加えて、最後にPreparationを添えて、W+OODA+P=WOODAP。現役の会長が、ここに込めた思いを語る。 9


パラコンシステント・ワールド 澤田純氏 副題は、「次世代通信IOWNと描く、生命とITの<あいだ>」。著者は、NTTの社長である。単なる、IOWNの宣伝本かと思いきや、幅も広いし、奥も深い。パラコンシステント=同時並列の世界とは、矛盾を受け止め、多様性を育む考え方とのこと。トレードオフの考え方でどちらかに寄せるのはダメだという。各界の第一線の研究者(福岡伸一氏[生物学者]、山極壽一氏[人類学者]、出口康夫氏[哲学者]、坂村健氏[コンピュータ・アーキテクト]、伊藤亜紗氏[美学者])との対談も興味深い。 8

不機嫌は罪である 齋藤孝氏 「職業としての上機嫌」を身につけよう、と説く。不機嫌であってイイことは何にもなく、上機嫌であってワルイことは何もない。筆者自身の「不機嫌な時代」を振り返り、試行錯誤の末に身につけてきたという気分をコントロールする術を紹介している。執筆の発端は、SNS上に溢れる罵詈雑言のようだ。論点は、処世術としての上機嫌ではなく、自らの心の状態としての上機嫌である。確かに、みんなの機嫌が良ければ、ご機嫌の連鎖で、みんなが心地よい環境となるのかもしれない、と思ってしまう。
7

自由と成長の経済学 柿埜真吾氏 ベストセラーとなっている斎藤孝平氏の『人新世の「資本論」』を始めとする脱成長論者に反論する。脱成長コミュニズムで否定されている資本主義を擁護する。コミュニズムは全体主義社会であり、そこに自由はないと断じ、自由と民主主義を大切にすべきだと言う。自由な世界では、成長を求めることは必定であり、経済成長を否定しない。第6章では、「理想社会建設の末路としてのソ連」を論じ、第7章では、「新しい隷従への道−『人新世の「資本論」批判』を展開する。旧来の資本主義でもなく、共産主義でもない世界が到来するのだろう。 6

小説王 早見和真氏 編集者って何してるんだろう−テレビドラマでは、筆の遅い作家に締切を意識させて、催促し、出来上がるのを隣室で待っているというイメージしかない。昨今の出版不況下で、編集者の仕事も変わっているのかもしれない。本書では、出版社の編集者と小説家がお互いを信じ、二人でマーケティングをしながら、作品を世に出していく。二人の共同作業に、取次店や書店、書店員が絡む。それぞれの思惑がある中で、それぞれの仕事を全うすることができれば、ラッキーであることこの上ない。 5


常設展示室 原田マハ氏 六枚の名画を添えた六篇の短編集。ピカソ<盲人の食事>、フェルメール<真珠の耳飾りの少女>、ラファエロ<大公の聖母>、ゴッホ<ばら>、マティス<豪奢>、東山魁夷<道>。アートに造詣の深い著者ならでは、の作品だ。ひとつひとつが映画にできるようなストーリーであり、興味深い。絵画の売買や、キュレーターの仕事など著者らしい組立もあれば、男と女、視覚障がい者、生き別れた兄妹など人間味豊かな話もある。ひとつの絵からいろんなことを思い浮かべることができて、さぞかし楽しいだろうな、と思う。 4

店長がバカすぎて 早見和真氏 書店員が主人公の物語。業界事情も織り交ぜながら、阿呆な人々を描く。その筆頭が、書店の店長である。ただ、この男、憎めない。切ないエピソードが続くが、読後感としては哀しくもなく、どちらかというと爽やかだ。何があっても、やっぱり本が好きで、書店が大好きな主人公の存在によるものだろうと思う。なんども、辞めてやる、と思いながら、いつでも出せるように辞表を携行しながらも、やっぱり本が好きで、書店が大好きなので辞めない。ブツブツ言いながらも、好きな仕事をしている人はどこか、キラキラしている気がする。 3
老後の資金がありません 垣谷美雨氏 派手婚による出費、見栄っ張りの葬式代、姑の分不相応な生活費補助、、、よくある話という気がする。切なさばかりが残り、解説の室井佑月さんが言うような「面白く、ためになる、素敵な小説だ。」という読後感はない。2021年秋、天海祐希さん主演で映画化されたらしい。暗さは排除し、コメディタッチに描いた映画なんだろうという気がする−とすれば、面白いかもしれない。 2

彼女たちが眠る家 原田ひ香氏 続けざまに二度読みをしたのは、たぶん初めてだ。最初から最後まで一通り読んで、あまりに残っているものが少ないのでもう一度最初から読み直した。昆虫の名前である登場人物に慣れなかったからかもしれない。主人公はテントウムシ。それを取り巻くアゲハやミツバチ、さらにはオオムラサキやミミズ。世間から姿を消して暮らさざるを得ない彼女たち− お互いに過去には触れず、孤島にて静かに暮らすつもりが、そうもいかない事態に陥る。最終的には、都会の雑踏に紛れて暮らすことになる。はてさて、どっちがシアワセなのか− 過去の呪縛からどう逃れるのか、少々暗い物語である。 1

<2021年> 



生物はなぜ死ぬ
のか
小林武彦氏 生物学者による著作。「進化が生き物を作った」と言う。
ターンオーバー=生まれ変わり、の中で、たまたまが重な
って、生き物は生きている。そして、「全ての生き物は、
死ぬために生まれてくる−」と言う。不確実な未来に対し
て、たまたま生き続けるためには、多様性が重要であり、
多様性を失うと環境変化に耐えられずに死滅してしまう。
親よりも子の方が多様性に富んでおり、親は死んで、子か
ら、さらにその子へと多様性を展開していくことが種が生
き延びるためには必要なことだと言う。だから、生まれた
ら死なねばならない。とても興味深い。
21

三千円の使いか
原田ひ香氏 とっても身近な話が続く。庶民の日常生活におけるお金に
まつわる”あるある”集だ。1970年生まれの作者は、
ちょうど50歳。表題の『三千円の使いかた』に続いて、
『73歳のハローワーク』、『目指せ! 貯金1千
万!』、『熟年離婚の経済学』などいずれも”あるある
感”満載である。ないと困るけど、それだけだとつまらな
いのがお金。ヒトはヒトだけど、やっぱり気になるのが他
人の懐。お金のために生きるのではなく、生きるため/幸
せのためにお金を使うーそんな庶民の物語。次は、本書の
解説の垣谷美雨氏を読むことにする。
20

実践アンガーマネ

メント
安藤俊介氏 日本アンガーマネジメント協会という一般社団法人の会長
さんの執筆。怒りは防衛本能であり、怒りは「抑える」以
上に「上手に出す」ことを実践するのがアンガーマネジメ
ントだと言う。「とっさに怒る」は下手な出し方であり、
悲劇のもと。6秒待て、と具体的な実践方法を示す。待つ
ためには、複雑な計算をしたり、翻訳をしたら良いらし
い。イラっときたら、過去のあれこれや、未来のあれこれ
に思うのではなく、現在に集中すると良いらしい。大した
ことないことがほとんどなのだ。なかなか興味深い。
19

辞令 高杉良氏 1988年に単行本として出版されているので、30年以
上前の作品ということになる。主人公は大手電機メーカー
の宣伝部副部長という設定で、オーナー一族による人事に
翻弄される。近年、宣伝部という名称の組織は存在しない
が、広告代理店から接待攻勢をかけられる組織はあるだろ
う。夜の街でのスキャンダルで失脚ということもあるだろ
うが、その程度は昔ほどではない気がする。一方で、昔も
今も、組織人事の根底に流れているのは、”好き嫌い”な
んだろうと思う。そして、”勝ち負け”への拘りは昔も今
も変わらないような気がする。
18

論語と算盤 渋沢栄一氏 1916年に出版された本の現代語訳版。渋沢栄一氏は、
幕末1840年生まれで、昭和の始め、1931年にお亡
くなりになっている。ずっと志を大切にされてきた。その
志の底には、論語の精神が流れている。お金だけを儲ける
ことに興味はなく、知識偏重も嫌う。NHK大河ドラマ
「青天を衝く」を観るまで、彼が尊王攘夷の志士であった
ことなど知らず、その後、一橋家の家臣となったこともま
ったく知らなかった。フランスから帰国後、いったんは国
家公務員になるが、その後、実業家として縦横無尽の大活
躍。相当に忙しい、けれども充実した人生だったのだろう
なぁ、と一庶民として思う。
17

魔力の胎動 東野圭吾氏 作者お得意のサイエンスミステリー。流体工学で味付けを
した作品が5編。ひとつは、スキーのジャンプ。ひとつ
は、野球のピッチング。今一つは、川の流れ。さらに、登
山中の落下。温泉地での有毒ガス。そのそれぞれにおい
て、人間臭さを中心に置き、サイエンスはあくまで味付け
でしかない。なので、読みやすい。短編なので、がっつり
感情移入という訳にはいかないが、相変わらず上手い。1
958年生まの作者はもう60歳を超えているが、常に勉
強し、常に時事に興味を持って接しているのだろうと思
う。素晴らしい。
16

無理ゲー社会 橘玲氏 「才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとっては
ディストピア」−その才能の多くは、遺伝によって決めら
れてしまっていると言う。格差社会の是正のために、ユニ
バーサル・ベーシック・インカム(UBI)導入の動きが
あるが、問題も多い。とは言え、経済格差については富裕
税の導入や、負の所得税の導入などにより是正の余地はあ
ると言う。格差是正の目途が立たないのは、評判だとす
る。評判格差社会は、どうしようもなく、そもそもヒトは
バラバラなので、平等にはならないとする。テクノロジー
のさらなる進化に伴って、仮に完全なる平等が達成されて
も、そこにはよろこびはないだろうと説く。
15
天命 伊藤淳二氏 99歳にしてご存命の著者は、昭和43年から昭和60年
まで鐘紡の社長を務め、同年より2年間、日本航空の立て
直しに従事。「沈まぬ太陽」のモデルの一人とされている
人だ。河合栄治郎の理想主義的人格主義に、自らの人生
観、価値観をおいていると言う。その要素は、真・善・美
であり、常に努力し、錬成し、追求することだと言う。日
航の立て直しなど、困難の連続であったと想像されるが、
信義を貫き通して立ち向かって来られたのだろうと思う。
本書ではまったく触れられていないが、わずか2年で日航
を離れることになり、さぞや無念だったのではないかと思
う。
14

すべては「好き嫌
い」から始まる
楠木建氏 「良し悪し」族と「好き嫌い」族の対比で考察が進む。こ
の二つの族を設定する考え方はとても興味深い。著者は一
流大学の教授でありながら、「好き嫌い」族だと言う。そ
して、「良し悪し」族よりも「好き嫌い」族の方がいろん
な面でいいよ、と言う。多くの「良し悪し」族が存在する
の中で、”成功”した「好き嫌い」族は確かに心地よいだ
ろうと思う。一方で、「好き嫌い」族ばかりになったら、
「好き嫌い」族だからと言って、心地よくはないかもしれ
ない。また、「好き嫌い」族ばかりだと、世の中が回らな
いかもしれない。やはり、バランスが大切なんじゃないか
と思う。
13

ハグとナガラ 原田マハ氏 波口喜美(ハグちよしみ)と長良妙子(ナガラたえこ)の
女二人旅物語。二人とも独身で、アラフィフ。それぞれの
人生を一生懸命”足掻き”つつ、時々二人でリフレッシュ
の旅をする。それぞれが”足掻い”ているが故に、突然、
予定が合わなくなることもある。そんなときは一人旅にな
ったりする。親の介護に直面し、旅に出掛けられない時が
長く続くこともある。「旅に出掛けることにした! いつ
いつどこそこに行くから、都合がつけば合流してね。」−
SNSにメッセージを残して一人が旅立つ。男二人だとこ
うはいかない。男女でもないだろう。心の洗濯旅−なんだ
か羨ましい。
12
ギフト 原田マハ氏 短編集。帯広告によれば、『疲れた心によく効きます』。
「ささやかな光」は、親に反対されながらもパティシエに
なるべく修行中の女性の物語。一人前になるまでは田舎に
は戻らないと決めて頑張る。何度目かのクリスマスに、シ
ョートケーキを任されたとき、完売したら田舎に帰ろう、
と決めて頑張った。閉店間際、まだ10個残っている。あ
〜あ、と思い始めたところで、10個まとめて買ってくれ
た人がいた。彼女の親だ。9個と1個に分けてもらい、そ
の1個を彼女に渡して、『いい加減に帰ってこい』と言い
残して去っていく。親と子の間の物語を素敵に綴る。
11
企業経営の教科
遠藤功氏 著者は、2000年にローランドベルガー日本法人の社長
に就任し、2020年にその会長職を退くまで長く経営コ
ンサルタントとして活躍してきた有名人。本書では、企業
マネジメント全般について、広く浅くまとめた書。戦略、
マーケティング、組織、人材、資金、オペレーション、成
長と再生というそれぞれのテーマで最近の話題にも触れな
がら、古典的な考え方も紹介する入門書。最終章を「デジ
タルが変える企業経営」とし、AIやIoT、ブロックチ
ェーンなどにも触れる。『私がお薦めする「次に読みたい
一冊」』の中で、「信頼とデジタル」(三品和広[神戸大
学教授]/山口重樹[NTTデータ代表取締役副社長])
を推薦しているところは興味深い。
10

マネーロンダリン
橘玲氏 本書の解説は元大阪国税局総務課長である。大阪国税局の
幹部会で、本書が紹介されたらしい。税の専門家をし
て、”専門知識に基づく極めてリアルなもの”と言わしめ
る橘玲(たちばなあきら)氏は只者ではないのだろう。タ
ックスヘイブン(Tax Heaven)と呼ばれるオフショアに
法人と銀行口座を作り、海外の銀行を経由してお金を送金
する。日本からいったん海外に持ち出せれば、その流れは
追いにくくなるので、マネーロンダリングの手法としても
用いられる。法の目をかいくぐり、あるいは、違法である
ことを承知の上で、今も大きなお金が動かしている人がい
るのだろう。別世界だ。
9

自然に生きて 小倉寛太郎
本の紹介では、「『沈まぬ太陽』の主人公が語る―その主
人公・恩地元の原型と言われる著者が、小説に書かれなか
ったその歩みをユーモアたっぷりに語り下ろす。」とある
が、ユーモアたっぷりと言うよりは、自慢たっぷりであ
る。労働組合活動を通しての活躍ぶりはよくわかるが、
少々クドイ。後半のアフリカ滞在中の話の方が、面白い。
野生動物の生態を紹介しながら、人間の傍若無人ぶりを批
判する。地球という生態系の中で、有限な資源を節操なく
使い、動植物の命を奪い続ける人間という種が長続きする
はずがないと説く。今でこそ、SDGsが叫ばれているが、
この本は20年以上前の出版だ。
8

許されようとは思
いま

せん
芦沢央氏 初めて、芦沢央(あしざわよう)氏の著作を読んでみた。
芹沢(せりざわ)ではなく芦沢(あしざわ)である。彼女
は84年生まれなので、アラフォーである。ミステリー仕
立てのどんでん返しの5編から成る。読みやすいのが良
い。どんでん返しも良い。馴染みのない世界も良い。表題
作では、村八分という現代ではあまり知らない世界を取り
上げ、二分の例外が火事と葬式であったことを教えてくれ
る。そして、祖母の意外な行動の目的は、村八分ならぬ村
十分になるためであったとする。それを孫とそのフィアン
セが探索する。祖母の過去と孫の未来をうまくバランスさ
せている。
7
献灯使 多和田葉子
2011年3月に、日本という国で実際に起こってしまった
原発事故。原子力発電への信頼は崩れ去り、安全神話は崩
壊した。これをきっかけに作者の夢想が始まる。5つの短
編の中で、日本が鎖国してしまったり、日本人が中国へ亡
命したり、あるいは、人類が滅亡したり、逆に、不死身に
なったしまったり、作者の想像は際限なく膨らむ。設定が
難しく、読みづらい。さすがにノーベル文学賞候補だ(^ ^;
いずれも奥深く、暗くて重い印象だけが残る。調べてみる
と、作者は原発廃止論者なので、この読後感は狙い通りと
いうことなのかもしれない。。。
6
AI時代の労働の
哲学
稲葉振一郎
著者は、明治学院大学社会学部の教授で、同い年だ。『人
新世の「資本論」』が面白かったので、マルクス繋がり
で、勢いで購入し、読んではみたものの、さっぱりわから
なかった。これほど理解できない本を手にしたのは久々
だ。古来より、ヒトかモノか? という二元論があったよ
うで、家畜はモノか? ペットはヒト(に近い)か? さ
らには、法人(会社)はヒトか? みたいな論争は今でも
あるらしい。AIは、ヒトでもなく、モノでもない存在に
なる可能性があり、その枠組みが整理されていくだろうと
説く。AI自身がどこまで行為結果責任を負うのか−なか
なか興味深い。
5

メガバンク最後通
波多野聖氏 メガバンク主導による地方銀行再編の物語。とあったの
で、「実録 頭取交替」にも通じるビジネスの世界のドロ
ドロを期待していたが、中身はSFだった。独立国家のよ
うな管理都市である坂藤市を牛耳る坊条家。すべてのモノ
の動きも、カネの流れも坊条家の管理下にある。戦後のど
さくさの中で、坊条家は”富”と”武器”を手に入れた。
その”富”で、坂藤市によっての外貨である「円」を手に
し、その”武器”で中央政府から独立した。そんな坂藤市
の経済も限界を迎え、坂藤大帝銀行がメガバンクの標的と
なる。そこで活躍するのが二瓶正平(ヘイジ)という設定
だ。
4


人新世の「資本
論」
斎藤孝平氏 気候変動問題を取り上げ、流行りのSDGsは「大衆のアヘ
ン」である、と断定する。グリーン・ニューディール政策
では、気候変動問題を解決できない断じる。地質学的にみ
て、今の地球−その表面が人間たちの活動の痕跡で覆いつ
くされている−を人新世(ひとしんせい)と呼びことがあ
るらしい。その人新世における大きな課題である気候問題
を解決する策を晩年のマルクスの思想から発掘する。利潤
追求、生産性向上を是とする資本主義が諸悪の根源である
とし、これに代わる脱成長コミュニズムを提唱する。今の
ままではダメだと多くの人が感じている中で、ひとつの未
来への道筋を示してくれている。
3

実録 頭取交替 浜崎裕治氏 山口銀行を舞台にした権力抗争の実録とされている。著者
は山口銀行取締役経験者であり、その抗争の渦中、現場に
いた人物だ。頭取を下りてからも相談役として陰の権力者
であった田中耕三氏と、その田中氏が後継に指名した田原
鐵之助氏の戦い。取締役会で1票の差で破れた田原氏は1
期で去り、田中氏はその後も相談役として権力者として残
った。こわーい世界である。本書の中で、悪役として登場
する田中氏の相棒である第一生命の正下文子氏は、2020
年、第一生命から刑事告発された。89歳だそうだ。一方
の田中氏は94歳で、お二人ともご存命である。。。
2

希望病棟 垣谷美雨氏 『後悔病棟』の続編。今回も魔法の聴診器が大活躍。経験
の浅い医師は時として患者やその家族の心を慮ることがで
きない。時に傷つけ、時に怒りを買いながら、医師として
成長していく。そして、成長したらその聴診器は次の若手
医師に引き継がれていく。児童養護施設で育った高校生の
桜子と、一見、成功者にみえる代議士の妻である貴子。末
期癌から治験薬によって生還した二人が交わる。進学した
いけどお金がない桜子と、お金はあるけど楽しみのない貴
子。その接点からWIN−WINの関係が作り上げられて
いく。二人にはそれぞれ一度は死を覚悟した”強さ”があ
るように思う。
1

<2020年> 



後悔病棟 垣谷美雨氏 末期癌患者に寄りそう医師。余命を告げらえたそれぞれの
人生においてそれぞれに後悔していることがある。医師
は、魔法の聴診器でその後悔話に耳を傾ける。あのときこ
うしていたら、そのときああしていたら、と思うこともあ
るだろう。登場人物はもうすぐ死んでしまうという状況下
で過去に思いをはせる。ただ、別の人生の結末もどういう
訳かバラ色ではない。そして、今の人生も悪くないと思い
直して、旅立っていく。それが人生最後の幸せなことなの
かもしれない。
22
こんな感じ 群ようこ氏 アラフィフの独身女性三人の日常。女性の日常を覗き見る
非日常の機会は得られるが、ありきたりの感は否めない。
三人の距離感は、付かず離れず、近すぎず遠すぎずで、独
身同士ならではのいい感じだ。そこに野良猫が舞い込んで
きて、これまた、付かず離れず、近すぎず遠すぎずの存在
感。アラフィフの独身女性が読むと、あるある感が満載
で、共感できるのかもしれないが、アバウト・シックステ
ィのおじさんが読んでも、あるある感は少ない。当たり前
と言えば、当たり前だが。
21


そして、バトンは
渡された
瀬尾まいこ
2019年の本屋大賞受賞作。実母と死別し、実父ではなく
継母と暮らし、継母と離れて、継母の夫と暮らしている主
人公・森宮優子の物語。暗さは全くない。さわやかな読後
感。それは、血の繋がらない「親」たちの愛を一身に受け
て生きていて、「親」たちのことを愛しているが故か。恨
み、つらみの欠片もない幸せな少女の姿が描かれている。
何も考えない、能天気な軽さではない。いろいろ考えてい
るけれども重くはないのは、前向きだからだろうか。先行
き不透明な時代にマッチした心が軽くなる物語。
20

蟻の菜園 柚月裕子氏 蟻の菜園とは、蟻と植物の共依存によって成り立っている
事象のことで、その植物はアリ植物と呼ばれているらし
い。アリ植物は、蟻に食物を提供する一方で、肉食性のア
リの存在によって他者からの攻撃を防いでいる。相利共生
の状態だ。早紀と冬香という不幸な生い立ちの姉妹はこの
共依存、相利共生状態にあったため、一方がおかしくなる
ともう一方もおかしくなる。結婚詐欺、児童虐待などの現
代社会の犯罪にまつわる謎解きをしながら、共依存の姉妹
を描く。重いし、暗いが面白い。
19

アノニム 原田マハ氏 故ジャクソン・ポロック氏の絵画取引を中心に、現代社
会、そして揺れ動く香港を描く。ポロック氏は1912年生
まれのアメリカ人でアクション・ペインティングの旗手と
され、その遺作は実際に1億ドル以上で取引されているそ
うだ。香港で開催されるサザビーズのオークションの目玉
としてポロック氏の絵画(ナンバーゼロ)を登場させ、オ
ークションの舞台裏を紹介する。アートノベルであること
は間違いないが、エンターテイメントと言うからには表題
となっているアノニムという窃盗団の活躍の様がもっと欲
しかった。
18


朽ちないサクラ 柚月裕子氏 県警の広報担当職員である森口泉が主人公。警察の不祥事
をすっぱ抜かれ、市民からの苦情の電話は鳴りっぱなし。
この電話対応は泉の仕事である。自分のせいで情報が漏れ
てしまったのではないか、と思うところのある泉は、刑事
でもないのに捜査を始めた。新聞記者の親友が殺され、そ
の犯人が事故で死亡し、大きな闇に包まれていく。公安警
察と刑事警察のはざまで真実にたどり着いた泉は、つい
に、黒幕と対峙する。戦う泉の物語だ。戦いの結果、職員
を辞めて、刑事になると決意する泉を思わず応援したくな
る。
17


最後の証人 柚月裕子氏 復讐の物語だ。交通事故で幼い息子を失った父親と母親
は、それが飲酒運転だったことを知り、運転手に厳罰が下
ることを期待した。が、その運転手にはお咎めなし。自転
車の息子が信号無視した結果だ、という警察の説明に納得
がいかない。そこで、その運転手を陥れるべく、画策す
る。準備万端、用意周到な計画で、まんまと殺人罪での起
訴に持ち込んだが、、、敏腕弁護士の登場で大逆転。”最
後の証人”を法廷に呼ぶことに成功した弁護士の勝利であ
る。殺人罪では無罪だが、飲酒を伴う危険運転の罪で葬ら
れることになる。よく練られたストーリーである。
16


臨床真理 柚月裕子氏 臨床心理士が主人公。障害者更生施設で彩が死んだ。自殺
ではなく殺されたんだ、と司が訴えるが、精神障碍者のレ
ッテルを張られた司の言うことに誰も耳を貸さない。そこ
で、寄り添ったのが臨床心理士の美帆。障害者施設と精神
科医のドロドロの闇を暴く美帆。一般人の窺い知ることの
できない世界。精神科医が「この人は病気です」と言え
ば、監獄のような病院に送り込まれてしまう恐ろしい世界
だ。「この人はうつ病です」と言って、病気休職扱いにな
るのとはレベルが違うが、似たところもある。
15


合理的にあり得な
柚月裕子氏 とにかく読みやすい。5編からなら連作短編小説。ジャン
ルとしていはミステリー。確率的にあり得ない、合理的に
あり得ない、戦術的にあり得ない、心情的にあり得ない、
心理的にあり得ない、、、あり得ないシリーズだ。上水流
(かみづる)という弁護士崩れの探偵が、頭脳明晰な助手
の貴山(たかやま)とのコンビで、あり得ない依頼を解決
する。あり得ないと言いながら、あり得そうな問題を設定
しているところも上手い。弁護士崩れという設定で、法律
的な知識も披露しているところも興味深い。
14
かえるの楽園
2020
百田尚樹氏 かえるの楽園に、お隣の国から新型ウィルスが入り込ん
で、蔓延していく。「かえるの楽園」パートU−非常事態
編とでも呼べそうな作品。中身的には、誰でも書けそうな
お話であり、現実に今、直面している新型コロナへの対策
として目新しいものが登場することもない。こういう非常
事態だからこそ、リーダーシップが大切だ、と説いている
ような気がするが、非常事態のためのリーダーを選んでい
る訳ではないので、平時のリーダーに変身してもらうしか
ない、という結論であるとすると少々寂しい。
13



あしたの君へ 柚月裕子氏 望月大地というカンポの物語。家庭裁判所調査官補のこと
をカンポと呼んでいる。調査官になるためには、調査官補
として二年間の研修が必要だそうだ。研修中に出会う人々
の隠された”真実”を探す。家庭裁判所にお世話になる
人々は、少年事件で補導された人や、離婚調停中の夫婦な
ど。少年事件ではなぜ、その罪を犯すに至ったのか、を解
き明かし、少年のその後をアドバイスする。離婚調停で
は、どちらに親権を委ねるべきかを探る。5つの短編から
成る。いずれも面白い。
12

捌き屋 伸るか反
るか
浜田文人氏 『様々な企業と人間の思惑、金が渦巻くシリーズ最高傑
作』と紀伊国屋書店の店員さんが宣伝しているが、あまり
にも多い登場人物に辟易。主な登場人物として巻頭に9人
だけ名前が記載されているが、名前付きで登場するのは3
0人は下らないのではないかと思う。テレビドラマだと顔
や容姿で覚えられるが文字だとそうはいかない。短期記憶
が衰えているので、さらに調子が悪い。ハードボイルドで
もなく、人情話でもなく、サスペンスでもなく、推理小説
でもないが、あえて言うなら、インテリヤクザ物語かな。
11

不道徳な経済学 ウォルター・
ブロック氏
ウォルター・ブロック氏は無政府資本主義を主張する学
者。無政府資本主義は右派リバタリアンによる政治思想。
無政府状態なので、法律はない。合意に基づく契約がすべ
て。なので、麻薬もOK、ダフ屋もOK、なんでもOK。
リバタリアンは、個人の完全な自治を標榜し、経済的に
は、レッセフェールを唱え、国家が企業や個人の経済活動
に干渉することに強く反対する。そんな考え方を、橘玲
(あきら)氏が”超訳”している。日本の読者にわかりや
すように日本の法律や、日本の地名が出てくる。チトやり
すぎ感あり。
10

苦海浄土 石牟礼道子
法政大学の田中優子総長による、「私が大学一年生の時に
授業で知り、心をゆさぶられた本があります。石牟礼道子
が書いた『苦海浄土』です。」という新入生向けメッセー
ジを読んで、『苦海浄土』を読んでみようと思い立った。
1956年に初めて患者が報告されたとされる水俣病をテ
ーマにした本だ。国が公害と認めたのが1968年。この
間、伝染病や遺伝病との風評被害を被り、原因物質を垂れ
流し続けた工場を擁護する人と対立が生まれ、弱い立場の
人々は苦しみ続けた。この痛ましい事件を被害者の言葉
(方言)で綴る。重い。。。
9

たゆたえども沈ま
原田マハ氏 パリ市の紋章にはラテン語で”Fluctuat nec
mergitur”
と書いてあり、これは”揺れはするが、沈没
はしない”という意味だそうだ。恰好よく日本語にすれ
ば、”たゆたえども沈ます”。本作はパリを舞台とし、林
忠正という実在の人物を登場させつつ、浮世絵がヨーロッ
パのアートに大きな影響を与えた様子を描き、ポスト印象
派と呼ばれるフィンセント・ファン・ゴッホのあまり恵ま
れない(?)生涯を語る。死後数十年経ってから評価が定
まり、制作から百年近く経って、その絵画は超高額で取引
されるようになった。
8
「空気」の研究 山本七平氏 とにかく、難解な本だ。「空気を読む」とか、「空気が読
めない」とかいうが、この「空気」とは何? 難しい説明
が続く。”これは非常に強固でほぼ絶対的な支配力をもつ
『判断の基準』であり、それに抵抗する者を異端として、
『抗空気罪』で社会的に葬るほどの力をもつ超能力であ
る”−「空気」は可視化もできず、説明も不能だが、「空
気」の支配によって戦艦大和は出陣したという。「空気」
支配に対して、「水を差す」ことによって「空気が変わ
る」こともあるが、「水を差す」こともできないことが多
く、「空気が読めない」と片付けられてしまう。いつか再
読チャレンジしたい。
7

リーチ先生 原田マハ氏 1887年生まれのバーナード・リーチと日本の関わりを
描いた作品。陶芸家リーチは、ロンドンで高村光太郎と知
り合い、たびたび来日した。富本憲吉(人間国宝:陶芸
家)と親交し、七代目尾形乾山を襲名した。濱田庄司(人
間国宝:陶芸家)、河井寛次郎、柳宗悦、岸田劉生など当
時の錚々たる美術家と芸術論を交わしたらしい。ノンフィ
クションとはせず、亀之助なる架空の人物を登場させてリ
ーチの生き様を描きつつ、陶芸の奥深さを教えてくれる。
芸術に造詣の深い原田マハ氏だからこそできる技だ。
6

デトロイト美術館
の奇跡
原田マハ氏 2013年、デトロイト美術館(通称、DIA)は市の財政破
綻により、閉鎖の危機に見舞われた。その収蔵品を売却す
れば、1兆円以上の値がつき、市の負債を返済することが
可能だった。本書にも登場するロバート・タナヒルなどア
ートを愛する篤志家が数多くの名画を寄付してきた。それ
を市民が愛していた。セザンヌの「画家の夫人」を愛する
一般市民が登場する。何度も通う。折に触れ通って、語り
かける。そんな市民を描く。結局、名画の散逸を避けるべ
く、市から国、そして全世界へとムーブメントが巻き起こ
った。
5

錨を上げよ(1、
2、3、4)
百田尚樹氏 自伝的小説らしい。時効制度がなければ、主人公(=作
者?!)は何度、警察のお世話になって、何年、刑務所に
入っていたかわからない。盗みはやるし、喧嘩はするし、
違法操業はやるし、ハチャメチャだ。9割くらいは共感で
きないが、1割はドンぴしゃ心に響く。作者は昭和31年
生まれで、少し先輩になるが、同じ30年代生まれ。同じ
時代に育ったので、同じ匂いを感じるところがある。作田
又三の前半生を描いている。後半生も、やはりハチャメチ
ャに過ごすのだろう。少し大人になったであろう又三がま
たしてもハチャメチャに過ごす過程とその先に興味が尽き
ない。
1,2,
3,4

<2019年> 




サピエンス全史
(上・下)
ユヴァル・ハ
ラリ氏
1976年生まれのイスラエルの歴史学者による本だ。日本
では2017年に一番売れたビジネス書になっている。ホモ
サピエンスは、7万年前の「認知革命」、1万2千年前の
「農業革命」、そしてわずか500年前の「科学革命」を
その歴史に刻んできた。これから先、また新たな「革命」
が起きて、今の人類は滅びてしまい、姿・形が変わってし
まうかもしれないと言う。その時は、人類なら普遍的に持
っていると決めつけている喜怒哀楽もなくなってしまい、
感情の持ち方も変わるかもしれないと言う。太古の人類と
我々の生き様の差を思い起こせばあり得ない話ではないと
思ってしまう。とても面白い。
22,
23

危険なビーナス 東野圭吾氏 まんまと騙されるというのはこういうことを言うのだろ
う。『惚れっぽい独身獣医・伯朗が新たに好きになった相
手は、失踪した弟の妻だった』−そして、本のタイトルは
『危険なビーナス』。作者の思い通りに、悪女をイメージ
して読み進めることになる。遺産相続絡みの話が展開して
いく。悪女の狙いは何なのか、失踪した弟はどうなったの
か、乏しい想像力をフル回転させる。が、しかし、最後の
最後で大どんでん返し。嵌められた感、満載。見事に騙さ
れると清々しい。
21
失われた地図 恩田陸氏 とある書評に、「これは読者の想像力を信じて書かれた小
説だと感じました。」とあることに読み終えてから知っ
た。想像力の足りない人にとっては面白くないってことを
指摘しているんだろう。まさにその通りで、残念ながら、
面白くなかった。話の舞台としては軍都と呼ばれていた錦
糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木が登場。ただし、そ
の町の歴史の深みを説くこともなく、よくわからない「裂
け目」から湧き出てくる「グンカ」と戦う主人公という設
定で意味不明。ノックダウンされてしまった。
20

蜜蜂と遠雷(上・
下)
恩田陸氏
作者が編集者に”ピアノコンクールの話を書いてみたい”
と言い、実際にピアノコンクールを取材しつつ、7年にわ
たって雑誌に連載されたそうだ。冒頭の風間塵の登場にワ
クワクし、栄伝亜夜、マサル、高島明石らが次々に出現す
るの一次予選まではぐいぐい引き込まれたが、二次、三次
でやや中だるみしてしまった。再び、本選で盛り上がって
終了。バルトーク、プロコフィエフという超有名らしい
が、聞いたことのない名前の作曲家のクラシックを聴いて
みたいと思った。
18,
19

ロマンシエ 原田マハ氏
『君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なの
だ。』−パリに住む日本人の物語。日本に戻るのか、フラ
ンスに住み続けるのか。主人公の美智之輔は日本で知り合
った日本人の同性に恋心を抱いている。その恋を貫くの
か、諦めるのか。そんな迷いに対する励ましが冒頭のメッ
セージ。さらに、『君が生きているその場所。そこは、決
して世界の端っこなんかじゃない。』という言い方もして
いる。自分にすなおになることが大事なんだ、と作者は繰
り返し訴えているような気がする。
17


瑠璃の雫 伊岡瞬氏
帯広告には、”感涙のミステリ巨編!”とあるが、涙はな
い。涙はないが、重たいものが残る。少女誘拐殺人事件を
中心に、当事者の知り合い、そしてその知り合いが織りな
す人間模様。最初は、美緒の暗い話から入る。アル中の母
親と問題を抱える弟。母親の従妹の薫。薫の知り合いの元
検事の永瀬。この永瀬の娘瑠璃が誘拐殺人の当事者だ。瑠
璃本人や直接の犯人に焦点は当てず、取り巻く人間達が主
人公だ。すでに亡くなっている永瀬の妻初恵の行動(復
讐)を知りつつ、それを飲み込む永瀬。その経緯を知った
美緒。ずっしりと重い。
16

花々 原田マハ氏
離島暮らしが嫌で出ていく若者と、都会暮らしに疲れ離島
に住み着いてしまう若者。一旦は出て行ってしまっても、
故郷である島が忘れられずに戻ってくる若者。住み着いた
つもりが、故郷である本土に帰る若者。それぞれにドラマ
がある。島を愛する旅人の純子は、親不孝を反省し結局、
旅人を廃業する。故郷の島を捨て東京で生きる成子は、ハ
ンカチの花(コンロンカ)の取り持つ縁で島の魅力を再認
識する。逆方向・逆志向の二人が接点を持つとき、また新
たなドラマが生まれる。
15

駅物語 矢野帰子氏
東京駅を舞台にした”お仕事小説”だ。作者による”お仕
事小説”の第一号。このあと、JAMSTEC(「海に降
る」)があり、さらにWebディレクター(「わたし、定時
で帰ります」)と続く。よく取材している。駅で実際に起
こっているであろうことの舞台裏=準備する駅員/対応す
る駅員を描く。特に、損傷の激しい人身事故は運転士にも
駅員にも大きな負担を与える。その一点だけでも大変な”
お仕事”だ。早朝から深夜まで運行しているので、交代勤
務も大変だ。ホッとするようなエピソードを交えて、新米
女性駅員の奮闘を描く。
14
貞観政要 田口佳史氏
中国では漢の時代からずっと、起居注という役人が皇帝の
側にいて、君主の言動をつぶさに記録するという習慣があ
ったらしい。この本は、中国の唐王朝第二代皇帝・太宗の
現行録からその本質を解説したものだ。唐王朝は300年
の長きにわたって続いた。その礎を作ったのが太宗である
とされ、その本質は、側近や部下からの諫言をちゃんと聞
くという態度だとする。漢語の書き下し文が掲載されてい
るが、そこを読み飛ばすしかない私のような読者には、薄
っぺらな印象は免れない本となってしまっている。
13

日本国記 百田尚樹氏
巷で話題の本だ。参考文献を示さずに、あちこちから盗用
しているだの、史実に基づかないだの、通史と言いながら
作者の思いが出過ぎているだの、出版社の社長の思い入れ
が激しいだの、話題には事欠かない。500ページに及ぶ大
作ながら、読みやすい。学校で学んだ歴史と比べると、現
代史のボリュームが多く、不確定な情報も(一部は)不

確定として記載している。日本大好き感が満載で、少しク
ドイ。ただ、大昔から現代に至る日本史を振り返る意味で
は読む価値はあると思う。日本に限らず、ではあるが、争
いごとばかりが歴史として残る。平成や令和といった時代
は後世に何を伝えるのだろうか。
12


海に降る 矢野帰子氏
JAMSTEC(Japan Agency for Marin-earth
Science and TECnology:海洋研究開発機構)を舞台に
した”お仕事小説”だ。JAMSTECは年間予算400億円
程度の国立研究開発法人で、しんかい6500という有人潜
水調査船を保有している。耐圧殻と呼ばれる内径2mの真
球に3人が乗船する。閉所恐怖症には絶対に務まらない。
パイロットを目指す主人公の天谷深雪も閉所恐怖症がなか
なか克服できない。一方で、深海に潜るという夢も諦めき
れない。実際に女性のコパイロット(副操縦士)もいるそ
うだが、筆者がその彼女に会ったのは小説を書きあげてか
ららしい。未知の世界=深海の魅力を伝えながら、臨場感
溢れる描写になっている。
11


慈雨 柚月裕子氏
帯広告に「極上のミステリーにして慟哭の人間ドラ
マ!!」とあるが、まさにその通り。上手な宣伝文だ。定
年退職ののち、夫婦二人での四国遍路の旅。88ヶ所をす
べて徒歩で”打つ”本格派だ。1000km以上歩くことに
なり、素人だと2カ月かかる。主人公の懺悔の旅となる。
過去の自分の行いを悔い、罪滅ぼしも兼ねて、今の課題を
解決に導く。退職後の警察官という設定であり、自らは捜
査できないので、後輩(娘の婚約者)を動かす。夫婦の言
葉のない”会話”も趣深い。晴れている日ばかりではな
い。だが、雨の日ばかりでも決してない。主人公(とその
妻)は、遍路の果てに、優しい慈しみの雨に打たれる−上
手い。
10

京大変人講座 酒井敏氏他
本書の共著者のひとりである川上浩司教授(京都大学情報
学研究科特定教授)は、昔々同じ研究室に所属していた知
り合いだ。システム工学研究室で、情報理論を専攻してい
た彼はその後も学校に残り、「不便益」を学問として研究
している。工学系で「不便」を研究テーマにするのは確か
に”変人”と称されるのかもしれない。が、真面目に「不
便」を研究し続けている”変人”は素敵だ。本書では、世
の中わからないことだらけなので、ボチボチ行き(生き)
ましょう。無計画で行き当たりばったりで、知らないこと
に出会うことをドキドキ、ワクワク楽しみましょう、と真
面目な学者さん達が口を揃えて言っている。
9


わたし、定時で帰
ります。
朱野帰子氏
おちゃらけた”お仕事小説”かと思ったら、さにあらず。
定時帰りをモットーとする主人公に「制度だけ整えてダ
メ」と言わせ、その会社の社長に、「会社のために自分が
あるんじゃない。自分のために会社があるんだ。」と言わ
せて、と昨今の”働き方改革”議論に通じるような展開も
見せたりする。主人公の対局に仕事中毒の社員を登場させ

ているが、猛烈社員は”会社のために”頑張るんじゃな
い。ほとんどの場合、”自分のために”頑張っているの
だ。だから、”働き方改革”は難しい。とは言え、時代の
流れの中で、”定時で帰ります”が当たり前の世の中がこ
の日本にも到来するのかもしれない。
8
生産性とは何か 宮川努氏
副題に「日本経済の活力を問いなおす」とある筑摩書房の
新書で、著者は学習院大学教授である。新書版だし、読め
なくはないだろうと思ったのが大間違い。とても難解だ。
通常、生産性と言えば、労働生産性と解釈し、付加価値量
/労働投入量で算出するが、本書では全要素生産性(TFP:
Total Factor Productivity)に拘る。労働力に加えて、
生産に関連する資本(例えば、機械)や中間投入財(例え
ば、電気)も考慮する。概念としては理解できるが、同じ
土俵で比較するためにどうやって基準を合わせて計算する
のかよくわからない。TFPが低いと指摘されても何をどう
したらよいのかわからない。難しい。
7
山田方谷 童門冬二氏
山田方谷[やまだほうこく]という名前する知らなかっ
た。方谷(岡山県高梁[たかはし]市)はJR伯備線の駅
名にもなっている。江戸時代末期の備中松山藩の老中であ
る。藩政改革を果たして、藩財政を健全にしたことで有名
であり、その改革を越後長岡藩の河井継之助が学びに来
た。分限を生き抜いた孤高の名臣として知られ、人として
の誠を貫いた。仁と徳をもって民を幸福にするのが政治と
言っていたらしい。物事を達成するには、「天の時、地の
利、人の和」が成立しなければならないところ、方谷と継
之助には「天の時」が来なかったという。
6
なぜ日本だけが
成長できないの
森永卓郎氏
筆者はテレビでもよく見かけるオジサンだ。57年生まれ
なので、今年62歳。東大の経済学部を卒業し、経済企画
庁等を経て、現在は獨協大学の教授。日本はアメリカに依
存し切っているからダメだと言う。アメリカを慮るあま
り、アメリカのグローバル資本に日本経済は滅茶苦茶にさ
れて、利権を独占させてしまっていると言う。国債という
借金なんて気にするな! 金融緩和をして金を流通させ
ろ! と言い、不良債権処理が大間違いだったと指摘す
る。正直、何が正しいのかわからないが、経済学者が大真
面目に言っているので、大嘘ではないのだろうと思う。
5
日本を殺すのは、
誰よ!
新井紀子氏
山口正洋氏
投資家である、ぐっちーさんこと、山口氏は岩手県紫波
(しわ)町で、大学教授である新井氏は滋賀県米原市でそ
れぞれ地方再生に取り組んでいる。それぞれに、これまで
の補助金バラマキではなく、ハコもの依存ではない活性化
に取り組んでいる。その二人による本書には、日本を元気
にしよう、あるいは、元気にしたいという思いが綴られて
いる。AIやロボットが台頭する中、その前提として、日
本人の読解力がないことを指摘。話が通じないと危機感を
抱いている。”世界初の領域に入ったニッポンを生かすの
は、あなたです!”と言われても、じゃあ、1憶人をどう
するのか、残念ながら、ピンと来るものはない。
4

起業闘争 高杉良氏
久々に高杉氏の作品を読んだ。86年に出版された「大脱
走」の改訂新版(文庫)が最近出版された。実名小説だ。
元IHI社員の碓井優(うすいゆたか)氏が主人公で、8
1年に80人でIHIからスピンアウトしてコスモエイテ
ィという会社を設立した物語である。ベンチャーの草分け
と呼ばれているらしい。当時、IHIでソフトウェアの外
販事業を止めると決断した経営者も偉い気がするが、それ
じゃ、と言って、大企業を離れてベンチャーを起こした
人々も勇気がある。碓井氏は91年に退社し、「コスモエ
イティ」はセコムグループ傘下に加わり、その後、吸収さ
れた。碓井氏は92年に脱税で告発されているらしい。終
わりの物語にも興味がある。
3


フォルトゥナの瞳 百田尚樹氏
フォルトゥナとはローマ神話に登場し、運命の車輪を司ど
り、人々の運命を決める女神。FortunaはFort
uneの語源だという説もあるらしい。あちこちで物議を
醸しだす炎上発言の多い著者の百田氏だが、その小説はと
ても暖かい。フォルトゥナの瞳を持った人間は、死を目前
にした他人の身体が透けて見える。ほっておくとその人間
は近いうちに確実に死ぬ。介入すると、予定されていた死
からは免れるが、自らの命を縮め、他人にはあらたな運命
のレールが敷かれる。介入すべきか、せざるべきか。多く
の人間を死に至らしめる運命に出会ったとき、いかに行動
するか−重いテーマながら、人間を見つめる著者の眼は優
しい。そんな気がした。
2

145gの孤独 伊岡瞬氏 145グラムというのは野球のボールの重さ。わずかな重
さしかないが、それがスピードに乗ると大怪我をする。バ
ッターにボールをぶつけてしまったピッチャーが主人公
だ。その死球によって、バッターは選手生命を絶たれ、ピ
ッチャーは引退を余儀なくされた。その二人がなんとなく
一緒に「付き添い屋」をしている。付き添いを依頼してく
る側に物語があり、その物語に主人公が組み込まれてい
く。主人公が刑事や医者の連作は多いが、「付き添い屋」
というところがユニークで面白い。事件簿としては面白い
かもしれないが、話がやや突飛すぎて感情移入が難しい。
1

<2018年> 



当確師 真山仁氏 たぶん本当に存在するのだろう。その候補者を必ず当選さ
せるという選挙コンサルタントの話だ。候補者選びからそ
の仕事は始まる。選挙の公示がされた以降は表立った活動
はできないし、しない。公示前までに勝負はほぼほぼ決し
ているのだ。スパイがいれば、二重スパイもいる。恫喝も
あれば、脅迫もある。相手が流すニセ情報があれば、こち
らから積極的に流すウソもある。まさに情報戦だ。何が本
当なのかわからない。情報操作でいくらでも人を嵌めるこ
とも貶めることもできる。昔からあるのだろうが、その伝
播スピードは圧倒的に違う。恐ろしい世の中である。
31

犬婿入り 多和田葉子
1993年の芥川賞受賞作。作品も、作者のことも知らなか
った。「犬婿入り」は日本のあちこちに存在する民話をベ
ースにしているらしい。それで何が言いたいのか、難しく
てよくわからない。巻末の解説を読むとさらにわからな
い。その面白さについて、”<異物>を表出する言葉の噴
出感”だと言う。さっぱりわからない。解説文の表題は”
<間>をめぐるアレゴリー”。解説者は別世界の人間だ。
素人にとっての面白さのひとつは、マル[句点]を打たな
い独特の文体だ。400文字分くらい平気でマルなしで綴
る。そういう文体にしようと一生懸命”努力”している心
意気を強く感じる。でも、残念ながら、中身はよくわから
ない。
30

また、同じ夢を見
ていた
住野よる氏 幸せ探しの物語。人生とは?という問いかけが何度も何度
も出てくる。「プリンみたいなもの」と言い、「甘いとこ
ろだけで美味しいのに、苦いところをありがたがる人もい
る」と解説する。また、「ヤギさんみたいなもの」、「給
食みたいなもの」、「昼休みみたいなもの」、「スイカみ
たいなもの」、「隣の席みたいなもの」、「ダイエットみ
たいなもの」、「冷蔵庫の中身みたいなもの」、、、よく
こんなに思いつくものだと思う。主人公が小学生なので、
小学生らしい発想だが、これを大人が書けることが素晴ら
しい。「クジャクの求愛みたいなもの」の解説(=「必要
なのよ。品と羽。」)は意味不明だったが、ググってみて
判明。「ヒントとは、ね」ということらしい。これはさす
がにわかりにくい。。。。(^ ^;
29


代償 伊岡瞬氏 不運で不幸な少年の物語。前半は、これでもか、というく
らいに嫌な場面が続く。不運で不幸な少年の傍には、不幸
をもたらす悪人がいる。悪人達がいる。先を読み進めたく
なくなるくらいに、本を閉じてしまうくらいに、イヤ〜な
気分になる。不運で不幸な少年は弁護士となり、悪人は留
置場にいる。社会的な立場からみると、少年は不遇を乗り
越えた見えるが決して、そうではない。不運で不幸な少年
は大人になっても不運で不幸だ。しかし諦めなずに、戦う
勇気を持ち続けると、最後の最後にはその逆境を乗り越え
る。自らの直接的な行動ではなく、結果として、脱出す
る。やや、スッキリしない結末である。
28

いつか、虹のむこ
うへ
伊岡瞬氏 ヨレヨレの元刑事とその同居三人に、家出少女1名とヤク
ザが絡んでくる。ヤクザが登場するからか、ハードボイル
ド小説らしい。ハードボイルドは、@卵の固ゆでのことで
あり、そこからA写実主義となり、B推理小説の一ジャン
ル(=謎解きよりも登場人物の人間的側面を描く)とな
り、さらに転じて、C非情なこと、という意味があるよう
だ。この小説はBだ。殺人事件が起きるが、その犯人は”
非情”ではない。ヤクザが登場するが、ドンパチすること
もない。ヨレヨレの元刑事が、失う物のない”強さ”を
時々見せながら、ヨレヨレと殺人事件の真相を暴く。
27


暗幕のゲルニカ 原田マハ氏 2003年3月、ニューヨークの国連本部で、アメリカのパ
ウエル国務長官がイラク攻撃を宣言した。このとき、背後
に映るはずの「ゲルニカ」が隠されていた。「ゲルニカ」
は1937年にピカソが描いた反戦の象徴と言われる絵画で
ある。スペイン内戦中、ドイツ軍がゲルニカを攻撃し、そ
の悲報に接し、ピカソが描いたものである。この史実をベ
ースに、ゲルニカ制作時のピカソを想像し、2001年9
月のアメリカ同時多発テロを絡めて、「ゲルニカ」に託さ
れた思いを描くべく、物語を創造する。一昨年、マドリッ
ドのソフィア王妃芸術センターを訪問し、「ゲルニカ」の
実物を見る前に読んでおきたかった一冊である。
26


人間の未来 AI
の未来
山中伸弥氏
羽生善治氏
ノーベル賞受賞の科学者と永世七冠の棋士が人間社会の未
来について語り合う。山中氏が生命とか、脳に詳しいのは
当たり前としても、羽生氏がコンピュータやAIに詳しい
ことに驚いた。将棋という世界でAIが強くなった理由と
して、オープンな開発環境を挙げていることにさらに驚い
た。世界中の知恵が一か所で集まるととてつもないスピー
ドで機能アップされていく。この話を受けて、山中氏は科
学界は閉鎖的だと言う。IPS細胞を臨床に応用する研究
は世界中で行われているが、重複研究も多数あり、早い者
勝ちの世界だという。ビジネスが絡むのでしょうがない面
はある。
25


コンビニ人間 村田沙耶香
芥川賞受賞作。芥川賞と言えば、重厚なイメージがある
が、文体は軽い。会話も軽い。場の設定もコンビニであ
り、軽い。戦争がある訳でもなく、食べるに困らず、衛生
環境も良い中で、ヒトは何をして生きていくのか−そんな
ことを筆者は考えているのだろうと思った。結婚もせず、
定職にもつかず、、、でも、無論、生きる喜びがあるの
だ。人生100年時代に突入する今、ステレオタイプな生
き方ではなく、いろんな生き方があっていいのだ、と言っ
ているような気がする。いろんな生き方を認め、支える社
会の仕組みを用意していかなければならない、ということ
かもしれない。
24


人魚の眠る家 東野圭吾氏 ミステリー小説の形をとりながら、脳死論が展開される。
脳という臓器はまだまだ謎だらけで、脳死判定されて
も、”成長”することもあるらしい。心肺停止という言葉
はニュース等でもよく聞かれるが、脳死という言葉はニュ
ースにはほぼ登場しない。脳死は、脳死判定をしないと至
らない状態であり、脳死判定は臓器移植に同意したときに
しか行われないらしい。だから、日本では脳死者の数は少
ない。脳死状態の子供を抱える家族と、心臓移植を待つ家
族をそれぞれの視点から描き、接点のない二つの家族がそ
れぞれの家族の中でその思いをぶつけ合う。
23

生きている理由 松岡圭祐氏 川島芳子という名前は聞いたことあるが、川島浪速という
名前は恥ずかしながら、聞き覚えがない。川島芳子の出自
も知らなければ、その活躍も知らなかったが、本書を読
み、インターネットで調べて理解した。芳子は、清朝のお
姫様(あいしんかくら・けんし)で、大陸浪人である川島
浪速の手引きで来日した。満蒙独立運動の先駆者であった
川島浪速は清朝との繋がりが強かったらしい。清朝が溥儀
を最後になくなり浪速も芳子も激動の時代を走り抜けるこ
とになる。芳子は第二次世界大戦後、中国国民党に国賊と
して逮捕されて、死刑となった。本書ではそんな芳子の1
6歳までを描く。
22

虚ろな十字架 東野圭吾氏 ミステリー小説の形をとりながら、死刑論が展開される。
死刑執行によって、その人による罪は二度と繰り返されな
い、というメリットを強調する論もあるようだが、これだ
けだと無期懲役も同じである。塀の中で、死刑を執行した
ところで、塀の外は何も変わらないということからする
と、「死刑は無力」なのかもしれない。人を殺めた人間に
対して法律が甘いという見方もある。また、人を殺めた人
間の自戒など、「虚ろな十字架」であるという見解もある
ようだ。被害者と被害者遺族と、加害者と加害者家族の思
いをぶつけ合いながら物語は展開する。
21


黄砂の籠城(上・
下)
松岡圭祐氏 義和団という名前は聞いたことがあるという程度だった。
清の時代の中国国内の反乱、くらいの知識しかなかった。
日清戦争後、列強各国にいじめられていた中国で、各国の
公使館が集まっていた東公民巷(とうこうみんこう)は、
義和団に包囲されて、籠城という事態に陥った。そこで、
活躍したのが駐在武官として赴任したばかりの柴五郎中
佐。列強の公使や駐在武官と渡り合い、籠城作戦を成功さ
せる。ここに日本人の叡智と勇気を全世界に示し、各国か
ら勲章を授与されている。そんな史実も全く知らなかっ
た。恥ずかしい限りだ。
19,
20

懲戒解雇 高杉良氏 昭和の時代の企業物語だ。初版は1978年。1985年に文
庫として刊行されている。30年の歳月を経て、時代は変
わったと思わざるを得ない。大企業の役員が、その会社の
一課長を目の敵にして、懲戒解雇を申し渡す。今の時代に
おいても、あり得ない話ではないにしても、すーと感情移
入できるような時代背景ではないように思う。社長になり
たいその役員は、その邪魔をする一課長を蹴落とそうとす
る。最終的には喧嘩両成敗に終わるが、本書の登場人物に
はモデルが存在するとのこと。作者は、モデルとなったそ
の役員とも何度も会ったそうだ。もうこの世にはいらっし
ゃらないであろう。合掌。
18

信長の棺(上・下) 加藤廣氏 もう一度読んでみたいと思った。信長襲撃の裏に、秀吉の
匂いをプンプンさせながら、終わる。秀吉は光秀による謀
反があることを知っていた。で、何をしたのか、明示的な
記載はなかったように思う。ただ、秀吉の独白シーンに後
半の多くの紙面を割いているところに作者の思いが隠され
ているのだろうと思う。だからこそ、小泉元首相が本書を
愛読書と言って憚らないのではないかとも思う。本能寺、
阿弥陀寺などここに登場する場所をあらためて訪れてみた
いと思った。もう一度読んでみよう。
16,
17


八月十五日に吹く
松岡圭祐氏 第二次世界大戦で、日本は中国および南方戦線にてハチャ
メチャだったことばかりを習うが、北方戦線もあったし、
そこもハチャメチャだったことを恥ずかしながら、初めて
知った。北方領土のはるか先にあるアリューシャン列島ま
で戦線は拡大し、そこに取り残された人々がいた。実在し
た木村昌福少将の撤収指揮を描きながら、同じく実在の関
係者であるドナルド・キーン(本書ではロナルド・リー
ン)の視点も描く。玉砕という野蛮な行為をするだけの日
本人でないことを知らしめた「奇跡の作戦」だと言う。人
道を貫いた木村少将には高い評価が与えられているらし
い。素晴らしい。
15
なぜ、「怒る」のを
やめられないの
片田珠美氏 副題は、『「怒り恐怖症」と受動的攻撃』である。なぜ、
怒るという感情があるのか、を知りたくて本書を読んでみ
たが、怒るのは当たり前としての議論だった。怒るのは当
たり前ながら、怒ると人間関係を壊してしまいそうで、そ
の怒りを内に秘めて、壊れてしまう人が多いのが今の世の
中と説く。内に秘めるのではなく、陰湿な(?!)攻撃を
する人も多い。陰湿な攻撃は負の連鎖を生み、何も解決し
ない。ので、怒るのは当たり前なので、それをうまく表現
しろ、というのが精神科医である筆者の提言だ。怒るのは
当たり前というところが、相変わらずなかなか腑に落ちな
い。
14

かえるの楽園 百田尚樹氏 日本とアメリカと中国(もしくは北朝鮮)の関係をカエル
の世界で描く。平和ボケの楽園ナパージュは日本(JAP
ANをひっくり返すと、NAPAJとは面白い)、その住
人のツチガエルは日本人。ナパージュに君臨する鷲はアメ
リカ。そして、狂暴な隣人ヌマガエルは中国(もしくは北
朝鮮)だ。ラストには、ヌマガエルに殺戮されてしまうツ
チガエルが描かれている。何もしないと滅んでしまうぞ、
隣人を信じるな、という作者の叫びが聞こえてくるよう
だ。自分の国、自分の家族は自分たちで守るしかないの
だ、と繰り返し言っているように思える。やはり、抑止力
としての、それなりの国防力は必須なのだ。
13
パーフェクトワー
ルド(上・下)
馳星周氏 1972年5月、沖縄は日本に返還された。戦後20年以上
にわたり日本ではなかったことは忘れがちだ。返還のとき
にも、琉球独立運動があったらしい。アメリカでもなく、
日本でもなく、琉球国であるべきだという主張は今もある
らしい。この琉球独立運動家をストーリーの主軸にして、
本土から派遣された公安警察官との攻防を描く。テーマと
しては面白いと思ったが、作者にその政治的な背景を詳ら
かにする意図はなく、殺したり、殺されたり、といったエ
ンタテイメント志向の物語だ。そういうもんだとして読め
ば面白いのかもしれないが、分厚いこの小説の読後感は寂
しかった。
11,
12

瑕疵借り 松岡圭祐氏 松岡圭祐氏は、当代きっての売れっ子作家の一人らしい。
これまでは縁なく、一度も読んだことがないと思うが、電
車の吊り広告に惹かれた。「瑕疵」と「貸し」をかけて、
「瑕疵借り」とは面白いタイトルだと思った。が、不動産
業界の隠語として「瑕疵借り」という言葉は実在するよう
だ。不動産物件の瑕疵には4種類ある。物理的瑕疵、法律
的瑕疵、心理的瑕疵、そして環境的瑕疵だ。本書では、心
理的瑕疵の存在する物件を取り上げて、その裏に存在する
ストーリーを創作している。4編いずれにも登場するの
が、「瑕疵借り」を行う藤崎だ。わざわざ訳あり物件を借
りて、心理的瑕疵の影響を小さくする仕事をしている。そ
の藤崎が、謎解きストーリーをリードする。面白い設定
だ。
10

マヤ文明 青山和夫氏 中学校の教科書では、世界四大文明だった。言わずと知れ
た、エジプト、メソポタミア、インダス、中国だ。発掘調
査の結果を踏まえ、ここに、メソアメリカとアンデスを加
えた世界六大文明とすべきという学説が一般的だそうだ。
メソアメリカの古代文明であるマヤ文明の研究者である筆
者による、少しだけ学術的な新書である。マヤ文明は、鉄
器を持たず、ミルクのない文明であるという点で、四大文
明とは大きく異なる特徴を有している一方で、人種的には
モンゴロイド(いわゆる黄色人種)。1万年くらい前にア
ジア大陸から移動し、起源前1000年くらいに都市がで
き、起源800年より少し前に栄えて、消滅(あるいは移
動)した。筆者は、石器の傷の分析専門家だそうだ。石器
を何に使ったのかが分かるという。まったく知らないが、
興味深い研究だ。
9


奇跡の人 原田マハ氏 作者は、「The Miracle Worker」という戯曲で有名なヘ
レン・ケラーとアン・サリヴァンの実話を、明治時代の津
軽でのフィクションに仕立て上げた。ここでは、奇跡の人
は去場安(さりばあん)であり、三重苦の少女は介良れん
(けられん)である。明治時代、三重苦の少女が”監禁”
されて生かされていたとしても頷ける。ケモノのような

少女を本来のヒトにするため、信念を持ち、慣習を打ち破
り、奮闘する様を描く。盲目の呪術師や、旅芸人を登場さ
せるも、彼女たちは耳は聞こえるし、口も使える。ヒトと
してもっとも基本的でかつ当たり前のこと、それはやはり
コミュニケーションなんだろうと思う。思いを伝えるこ
と、伝えてもらうことの大切さをあらためて感じた。
8

モダン 原田マハ氏 MoMA(The Museum of Modern Art)と呼ばれてい
るニューヨーク近代美術館を舞台とする短編集。MoMAの
初代館長にして、今日の世界的な地位の礎を築いたのがア
ルフレッド・H・バー氏。日本では有名ではないが、ニュ
ーヨークでは知らない人はいないくらいの有名人らしい。
バーさんの名前くらいは覚えておこうと思う。マドリッド
のソフィア王妃芸術センターにて、本物の『ゲルニカ』を
この眼で観たのは二年前。そのゲルニカが、ピカソの意志
に従って、長らくMoMAに疎開していたことも知らなかっ
た。美術好きの原田マハ氏のフィクションのベースになっ
ているノンフィクションもいちいち興味津々だ。
7


異邦人(いりびと) 原田マハ氏 祇園祭の中に、「屏風祭」がある。京都に六年も住んでい
たにも拘らず、その名前すら知らなかった。「山鉾巡行」
が動く美術館と呼ばれる一方で、「屏風祭」は静の美術館
とも呼ばれるらしい。秘蔵の美術品を外から見えるように
個人宅や会社が飾るのだ。主人公の篁(タカムラ)菜穂が
見出した画家・白根樹(タツル)は「屏風祭」で事実上の
デビューをする。師匠である志村照山への反抗の始まり
だ。美術館、画廊、画家の裏側というか、生き様そのもの
を抉り出し、読者を知らない世界へと誘う。美術館での勤
務経験のある作者ならでは、の作品となっている。表題の
「異邦人」を「いりびと」と読ませているのは、入り人=
その地域にゆかりのない人であり、表面的には菜穂にとっ
ての京都だろうが、菜穂にとっての新しい世界という意味
かもしれない。
6

小説 星守る犬 原田マハ氏 本書の冒頭に、【星守る犬】[犬が星を物欲しげに見続け
ている姿から、手に入らないものを求める人のことを表
す]とある。ググっても本書の題名以外に、そのような言
葉は見つからない。原作者である村上たかし氏の造語かも
しれないが、遠くの空を見上げている犬を思うとそこはか
となく哀しげである。平成の忠犬ハチ公的物語だ。病気の
おとうさんと犬の僕の旅物語。ラストは哀しい。原田マハ
氏はわずか2か月で仕上げたそうだ。
5

羊と鋼の森 宮下奈都氏 住野よる氏の『君の膵臓を食べたい』が第二位だった20
16年の本屋大賞受賞作だ。不思議なタイトルだ。何の予
備知識も持たずに、読み始めて、すぐにタイトルの意味が
理解できた。ピアノの調律師の話なのだ。いわゆるピアノ
線は鋼である。その鋼の弦をフェルト(羊毛)のハンマー
が叩いて音を出す。たくさんの調律師から話を聞いて、随
所にその逸話をちりばめて、新入りの調律師が成長してい
く様を描く。調律師という普通の人がまったく知らない世
界を題材にしたところで、”勝ち”だと思う。奥深い、魅
力的な、人間臭い世界であることを知った。
4

オールド・テロリス
村上龍氏 文庫で600ページを超える大作なので、読み上げるのに
2か月近くかかってしまった。映画なら面白いのではない
かと思う。日本人であるにも関わらず、名前がカタカナ表
記であり、これが想像と感情移入を阻害したのかもしれな
い。語り部は”セキグチ”であり、傍にいるのが”カツラ
ギ”であり、オールドテロリストの中心人物はは”ミツイ
シ”だ。閉塞感の漂う今の日本をぶっ壊して一からやり直
すべき、と主張し、行動する。死人が出ることは厭わず、
自分が死ぬことも厭わない。原発を狙って、ドローンにや
られる。オールドテロリスト達は、キラキラ輝いていたの
だろうか。
3
キャロリング 有川浩氏 文章は平易であり、ストーリーも難しくはないが、読みに
くい。話者が前触れもなく変わってしまっていて、主語が
わからなくなってしまうことがあるのが、読みにくい理由
のひとつのような気がする。これを「ささやかな奇跡の連
鎖を描く感動の物語」と言い切った編集者はエライと思
う。生意気な小学生である航平の生意気さ加減に付いてい
けないオジサンには、残念ながら、感動をもたらすような
話ではない。
2

ジヴェルニーの食
原田マハ氏 四人の芸術家(マティス、ドガ、セザンヌ、モネ)をその
周囲にいた人々の目を通して描いている四つの物語。表題
となっているジヴェルニーの食卓では、日本美術に魅せら
れて、浮世絵を買い集めたというモネが登場する。この物
語の中にも登場する睡蓮の絵を先日、大原美術館で見たの
で興味深い。晩年、白内障によって両目の視力を失いかけ
ていたモネは手術を受けて、83歳にして視力を取り戻し
た。そして、睡蓮装飾画を完成させた。その傍には常に、
義理の娘であるブランシュがいて、パトロンのクレマンソ
ーがいた。
1

<2017年> 



D列車でいこう 阿川大樹氏 「A列車で行こう」というロングセラーのシミュレーショ
ンゲームがあるらしい。それを知らないと、「D列車でい
こう」というタイトルがピンと来ない。漫画のような軽い
話かと思いきや、大真面目なお仕事小説だ。廃止寸前のロ
ーカル線を存続させたいというドリームを大真面目に追い
かけるおじさん二人とおねえちゃん一人。人を呼ぶための
作戦を練って、実行。子供の頃の夢を叶えたいおじさんは
二人だけではない。日本のおじさんはお金を持っているの
だ。
34

#9(ナンバーナ
イン)
原田マハ氏 いつものように美術品を描きながら、いつもと違って男女
を描く。帯広告に「上海を舞台に繰り広げられる大人の恋
愛物語」とあるが、ちょっと違う気がする。男は大金持ち
というわかりやすい魅力があるが、出会いのころの女のそ
れを見出すための記述はあまりない。最終的にはギャラリ
ーのオーナーになる魅力的な女性である。そうなるまでの
過程を描くキャリアアップ小説だ。ぱっとしない主人公真
紅のサクセスストーリーとして読めば面白い。
33

親鸞 完結篇
(上・下)
五木寛之氏 あとがきによれば、”この作品は、正確な伝記でもなく、
格調高い文芸でもない。”とのこと。であるとすれば、親
鸞の生きざまを通して、何を描きたかったのか−解説によ
れば、親鸞の姿は”新しい国の形と人生観を示した著者の
名著『下山の思想』のビジョンと重なる。”という。80
歳を超えても、なお、思索を深めていたとされる親鸞の晩
年を通じて、どのように老いていけばいいのか、そのヒン
トを著者自身が探しているようにも思う。完結篇は静かに
幕を閉じる。
31
32


親鸞 激動編
(上・下)
五木寛之氏 越後で、外道院と争うことになる。断り続けていた雨乞い
の法会を取り仕切ることになった親鸞は、7日間、台座の
上で念仏を唱えながら歩き続けた。『わたしが雨を降らせ
たのではありませんぬゆえ』と言って、褒美の品々を受け
とろうとしなかった。念仏は加持祈祷ではないのだ。では
何故に、親鸞は雨乞いの法会を行うことにしたのか、その
葛藤は興味深い。恩師法然が死去し、親鸞は自分自身の念
仏を求めて、関東に赴く。まさに激動である。
29
30


親鸞 青春篇
(上・下)
五木寛之氏 浄土真宗の宗祖とされる親鸞。比叡山(天台宗)で修行
し、そののち、浄土宗の法然を師と仰ぐ。どこまでが史実
か不明なところも多いらしいが、その生涯を五木寛之氏が
描く全6冊。青春篇では、幼少期から妻帯して、越後へ流
刑されるまでを描く。ここでは、「忠範」(ただのり)→
「範宴」(はんねん)→「綽空」(しゃっくう)→「善
信」(ぜんしん)と名乗り、京を離れるときから「親鸞」
となる。まだ、寺もない、弟子もない、普通のヒトであ
る。これから宗祖になるまでの道のりに興味津々である。
27
28


君の膵臓をたべ
たい
住野よる氏 2016年の本屋大賞2位受賞作。表題からすると、辛気
臭い話を想像してしまうが、全くそんなことはない。面白
い。まだ読んでいない人に勧めたくなる一冊。高校生同士
の会話がしゃれている。考え方の異なる二人のそれぞれが
それぞれにユニークで興味深い。ストーリーも秀逸だ。ま
さかの展開で、細部には拘らない。住野よる氏は女性だと
思い込んでいたが、20歳代の男性と知って、さらに興味
深い。
26

でーれーガール
原田マハ氏 ”でーれー”とは岡山の方言で、ものすごい(形容詞)、
とか、すごく(副詞)という意味だそうだ。音的には、”
どえらい”がナマったのではないかと思う。ガールズはこ
こでは女子高校生だ。1980年代の岡山を舞台にした青
春友情物語。27年後の同窓会の案内を起点とした鮎子と
武美の物語だ。高校時代を懐かしむ40歳代の鮎子の思い
まではついて行けたが、女子高校生に心情移入するのは難
しい。まさか、ある訳ないじゃん、という思いが先行する
と、物語は非現実感を帯びてくる。
25

孤独のすすめ 五木寛之氏 「嫌老社会を超えて」という随筆に大幅加筆して、「孤独
のすすめ」としたようだが、ちょっと無理があるような気
がする。ほっておくと「嫌老社会」(←これは面白い)が
間違いなくやってきて、階級闘争が始まるというメッセー
ジが強く、それを回避するために「賢老社会」を作ろうと
いうのが五木氏の思いだと思われる。「賢老社会」におい
て、”孤独”をすすめているようには思えず、”孤独”で
も楽しく生きようと言っているだけのように思う。
24


翼をください(上・
下)
原田マハ氏 戦前、「ニッポン号」という世界一周をした民間の飛行機
があった。羽田を出発して、北海道からベーリング海を渡
ってアラスカに入り、南米からアフリカに渡り、ヨーロッ
パから中東、アジアを経由して日本に無事帰還した。およ
そ二か月間の大冒険だ。その少し前、アメリヤ・イヤハー
トという女性パイロットが実在した。世界一周の途上、太
平洋上で消息を絶った。二つの史実(両方とも知らなかっ
た自分が恥ずかしい−)を重ね合わせて、フィクションを
描く。タイトルが素敵だ。英語では、"Freedom in the
sky"
22
23


独立記念日 原田マハ氏 二十四の物語からなる短編集。いつものように、それぞれ
の主人公は”悩める”女性達だ。”会社とか家族とか恋愛
とか、現代社会のさまざまな呪縛から逃れて自由になる”
女性達であり、自由になる=独立する、と表現している。
悩んで、苦しんで、そこから精神的に解き放たれる様を描
く。作者がどこかで似たような経験をしたんだろうと想像
させるストーリーが多い。作者の多様な職業経験、人生経
験が礎になっている作品だ。
21


キネマの神様 原田マハ氏 ゴウと名乗る老人は三度の飯よりも映画が大好きだ。その
老人が、潰れかけの映画評論雑誌と、廃業寸前の名画座に
元気を与える。本人にはそのような意図はまるでないが、
SNSで発信した映画評論に、世界的に著名な映画評論家
が反応することで物語は進んでいく。DVDではなく、大
画面の映画館で観ることで判る良さがあると言う。二人
は、映画館で観る映画が大好きなのだ。この同じ大好きが
友情を育み、周りを元気にしていく。
20


夏を喪くす 原田マハ氏 四つの中編から成る原田マハ氏の作品。いつものように主
人公は女性だ。若くもないが、老いてもいない。それぞれ
に”痛み”を抱えて生きている。そして、その”痛み”を
忘れるのではなく、乗り越えようとしている。表題作の
「夏を喪くす」では、主人公は病に侵される。「ごめん」
では配偶者が事故に遭う。「最後の晩餐」では親友と別離
する。「天国の蠅」では、どうしようもない父親が登場す
る。それぞれの生き様はとても興味深い。秀作だ。
19

風のマジム 原田マハ氏 主人公は伊波まじむ。女性である。沖縄の言葉で、まじむ
とは真心という意味らしい。あとがきによれば、モデルと
なっている女性が実在する。グレイスラムという会社の社
長である金城祐子さん。沖縄電力の社内ベンチャー制度を
利用して、南大東島にラム酒製造会社を立ち上げた。今で
は、その筆頭株主は沖縄電力ではなく、ヘリオス酒造とな
っている。成功した会社なのだろう。情熱をもって起業し
た若い女性の物語である。
18
明治維新という過
原田伊織氏 筆者は先の第二次世界大戦を引き起こしたのは、長州だと
指摘する。吉田松陰の妄想がその根底にあると言う。”醜
悪な長州人”、”下劣な長州人”などの表現が至る所に登
場する。なかでも最高(最低?)の扱いは、世良修蔵であ
る。”そもそも漁師上がり”と罵られ、”下賤の身”と断
じられている。明治維新が官軍による美談で彩られている
ことは理解するが、本書は敗軍による遠吠えの感がなくは
ない。極論・暴論でなければ、本は売れないのかもしれな
い。
17
勉強の哲学 千葉雅也氏 副題は『来るべきバカのために』。勉強とは、というテー
マで哲学者が語る。筆者は、東大の博士号を持つ立命館大
学の准教授。帯広告には、「東大・京大でいま1番読まれ
ている本!」とある。学生時代、浅田彰氏(現在は、京都
造形芸術大学大学院学術研究サンター所長)のベストセラ
ー「構造と力」という難しい本を訳も分からず読んだこと
を思い出した。千葉氏は”ノリ”という言葉を使って、勉
強とは何か、をわかりやすく書こうとしている。”ノリの
悪さ”がアイロニーであり、ユーモアであると定義する
が、、、それでもやはり難解だ。
16


まぐだら屋のマリ
原田マハ氏 左手の薬指が欠損しているマリア。マリアは通称で、本名
は有馬りあという設定だ。上から読んでも下から読んでも
アリマリア。こんな遊び心も心憎い。紫紋(シモン)は、
有名料亭の料理人だったが、食材偽装事件に巻き込まれ
て、失意のどん底で「尽果(ツキハテ)」に降り立つ。そ
こで、まぐだら屋のマリアと出会う。後半、マリアの過去
に関する暗い描写が続くが、それがラストの紫紋の再生に
通じる。生き方が魅力的なマリアに出会い、紫紋の生き方
も魅力的になっていく。
15

あなたは、誰かの
大切な人
原田マハ氏 六つの短編集。原田マハ氏の作品には、年齢的には若くは
ない女性が登場することが多い。いわゆる主婦は登場せ
ず、独身女性が多い。旧態依然とした家族制度が崩壊しつ
つある今、色んな生き方があるし、色んな生き方をしてい
る人も増えている。色んな生き方をする中で、やっぱり人
との繋がりは人生の肥やしとなる。”あなたも誰かの大切
な人なのですから”、大切な人を大切に、という原田マハ
氏の声が聴こえてくるようだ。解説にある”自分は、自分
の大切な人”という解釈も面白い。
14


翔ぶ少女 原田マハ氏 1995年の関西大震災から物語は始まる。不幸にして、
震災で両親を失い、自らの足にも大きな傷を負った丹華
(ニケ)と、その妹の燦空(サンク)、そして兄の逸騎
(イッキ)が、心療内科医の佐元良(通称、ゼロ先生)と
ともに”復興”していく。ゼロ先生自身も震災で奥さんを
物理的に失い、息子を精神的に失っている。震災による心
の病を描き、人とのつながりの中で、その治癒の過程を綴
る。三兄弟はゼロ先生につながり、ゼロ先生は三兄弟につ
ながる。全編を通じて、温かい。
13


楽園のカンヴァス 原田マハ氏 主人公は、大原美術館に勤務する監視員である早川織絵。
実在の大原美術館は、エルグレコの「受胎告知」を保有す
ることで有名であり、本書にも登場するが、フォーカスさ
れるのはアンリー・ルソーであり、ニューヨーク近代美術
館が保有する彼の代表作「夢」である。この作品に酷似す
る作品の真贋判定がスイスのバーゼルで行われる。アンリ
ー・ルソーの回想を織り交ぜながら、織絵ともう一人の鑑
定士ティム・ブラウンの交流が始まる。そして、17年の
歳月を経た”今”の物語となる。構成力に脱帽である。
12


カフーを待ちわび
原田マハ氏 沖縄の与那喜島を舞台に繰り広げられる大人のおとぎ話
だ。第一回「日本ラブストーリー大賞」受賞作品とのこと
だが、ドロドロ感はまったくなく、全編を通じて爽やかな
印象だ。”幸”という謎の女性の正体はラストで明かされ
るが、ミステリー感覚満載の建付けである。絵馬をトリガ
ーに一通の手紙が届き、おとぎ話は展開する。沖縄の歴史
にも触れながら、上手に読者をおとぎ話の世界に誘う。巧
い。カフーとは、与那喜島の方言で、果報という意味だそ
うだ。主人公の飼っている犬の名前でもある。
11

星がひとつほしい
との祈り
原田マハ氏 七つの短編集。この本を読んで、高知の四万十川には、4
7の沈下橋(ちんかばし)があるということを初めて知っ
た。沈下橋は、土木用語では潜水橋とか、潜り橋と言うら
しい。原田マハ氏の作品は、旅がイメージできるので面白
い。七編の中でも、大分県日田市夜明(実在の地名、よあ
け)、松山の道後温泉、青森の白神山地、新潟の佐渡島、
岐阜の長良川、そして、高知の四万十川、東京の港区が舞
台になっている一編を除いてはすべて地方が舞台だ。旅行
気分も楽しめる。
10

太陽の棘 原田マハ氏 戦後、沖縄にニシムイ美術村というアトリエ集落があっ
た。彼らは米国人をお客として、クリスマスカードや肖像
画を描きながら、糊口を凌いでいたそうだ。そんなニシム
イの芸術家達と、沖縄に駐屯していた米軍所属の精神科医
の出会いから別れまでを描く。作者は、当時の関係者であ
る米国人医師からヒアリングをし、資料の提供を受けたら
しい。日本であって本土ではなく、日本で唯一の陸上戦が
展開され、さらにはアメリカ統治領となってしまった沖縄
人の”思い”を絵画制作と米国人との交流を通して描いて
いる。太陽の棘の正体はエンディングで判明する。興味深
い。
9


旅屋おかえり 原田マハ氏 原田マハ氏は面白い。丘えりか(”おかえり”)とその所
属プロダクション社長の萬鉄壁。彼とその元妻の国沢真理
子。真理子の母親恵美子とその姉の江田悦子。丘えりかの
レギュラー番組である「ちょびっ旅」のスポンサーである
悦子ととその妹の国沢美恵子。旅をテーマに話は進む。玉
肌温泉の湯守に、「んだども、みんな必ずなんがどごみつ
けて帰っていかっしゃります」と言わせ、美恵子の墓があ
る高知県の檮原(ゆすはら)で真理子に、「この端切れさ
え見てくれれば、全部わかる、って。」と呟かせる。「旅
先には、きっと誰かが待っている。そして、帰ってくれ
ば、おかえり、のひと言が待っている」−巧い。
8

永遠をさがしに 原田マハ氏 最近、原田マハ氏にハマっている。その存在すら知らなか
ったが、1年前くらいに、たまたま立ち寄った本屋で、た
またま「本日は、お日柄もよく」を手にしてから、「生き
るぼくら」「総理の夫」「さいはての彼女」、そして今回
の「永遠をさがしに」を読んだ。ストーリーが面白い。4
年後に自分の娘に渡してくれと友人に手紙を託す母。4年
後の娘は16歳。なぜ、なぜ、なぜ、と思わざるを得ない
この建付けだけでも読み応え十分だ。ここにチェロという
音楽が味付けに使われている−面白い。
7

幸福の哲学 岸見一郎氏 啓蒙書と思いきや、かなり本格的な内容だ。アドラー心理
学についての記述も多いが、古代ギリシャにおける智慧も
引用しつつの、哲学書かもしれない。著者は、「嫌われる
勇気」も書き、それはテレビドラマ化もされたが、積極的
に嫌われることを推奨するような内容であり、アドラーの
考え方とは違うように思う。「もしも人が一人で生き、問
題に一人で対処しようとすれば滅びてしまうだろう」とは
アドラーの言である。幸福論としては、過去を手放し、未
来を手放せ、と説く。”幸福に「なる」のではなく、すで
に「幸福」である。”
6

少しだけ、無理を
して生きる
城山三郎氏 昭和5年11月14日、東京駅で総理大臣浜口雄幸(おさ
ち)が右翼の佐郷屋(さごや)留雄にピストルで撃たれ
た。そのとき、そのホームには幣原(しではら)喜重郎外
務大臣がいて、「燕」の車内には御木本幸吉と広田弘毅が
乗っていた。そんな史実も知らなかったが、広田は人間を
支える『セルフ』、『インティマシー』、そして『アチー
ブメント』の三本の柱をしっかり持っていたという。広田
を題材にした『落日燃ゆ』、浜口を描いた『男子の本懐』
を読んでみようと思う。
5


さいはての彼女 原田マハ氏 1泊3日の中国出張中に一気に読んだ。経済小説でもない
し、ミステリーでもないし、恋愛小説でもないが、面白
い。四つの短編から成るが、最初が「さいはての彼女」
だ。主人公の若手女性経営者は、沖縄にヴァカンスに行く
はずが、女満別に向かってしまう。旅行の手配を依頼した
秘書のミスか、故意の嫌がらせか、真相は不明ながらも、
主人公はひとつの結論に至る。「あたなは最高に有能な秘
書です。」−面白い。
4

迷子の王様 垣根涼介氏 『君たちに明日はない』シリーズの完結編。初めて読ん
だ。主人公はリストラ面接官の村上真介。様々な事情を抱
えるリストラ候補たちとの面談を通じて、仕事とは何か、
会社とは何か、を問いかけている。生きるとは何か、生き
る中で仕事とは何か、仕事をする上で会社とは何か、著者
自身が考え続けているテーマのようだ。きっと、著者にも
迷いがある。その迷いが登場人物を饒舌にさせ、鬱陶しさ
もあるが、多くのサラリーマン諸氏には共感できるところ
も多いのではないかと思う。
3


総理の夫 原田マハ氏 この本の解説を、現総理大臣の妻である安部昭恵さんが書
いている。自分は総理大臣になろうと思ったことはないけ
ど、という注釈をつけながら、”女性たちの活躍によっ
て、世界の色彩は変わるのです。”と結んでいる。主人公
の相馬凛子は日本初の総理大臣になる。若干、蓮舫さんを
連想させてしまうところが玉に瑕だが、一生懸命で格好イ
イ。そんな凛子も女性である。内閣総理大臣と母親は両立
するのか、できるのか、そんなサブテーマも面白い。
2

売国 真山仁氏 重厚である。宇宙開発を巡る最先端技術と、ドロドロした
政治。その二つを繋ぐのが検察という建付けだと思われる
が、すっきりとは繋がらない。最後まで別々の話として語
られるとの印象だ。最先端技術開発だけでも「下町ロケッ
ト」のような物語になるだろうし、贈収賄やスパイという
政治の話だけでも長編になるだろう。テレビドラマでは
「巨悪は眠らせない特捜検事の逆襲」とし、政治の話にフ
ォーカスしていい感じの仕上がりだったように思う。
1

<2016年>



幸 SACHI 香納諒一氏 熊田沙千(サチ)と、北村幸枝(サチエ)。熊田家は地元
の名士だが、沙千は認知症を患う。二人の息子も政治家と
実業家で名を成している。一方の幸枝の娘、夏穂は、殺人
罪で服役中。ここに、刑事が絡む。半分くらいまでは人間
関係を紐解くのに精いっぱいで、くじけそうになったが、
後半は、勧善懲悪。過去が明らかにされる。この過程で活
躍する定年まじかの寺沢と妊婦の一ノ瀬がいい味を出して
いる。
16

Qrosの女 誉田哲也氏 一年前に読んだ「武士道」シリーズの作者によるミステリ
ーだ。「武士道」の主人公は10代で学校が舞台である
が、Qrosの女では芸能界を舞台とし、謎の美女が登場
する。週刊誌のスクープはどのように生まれるのか、ちょ
っとだけ垣間見ることができる。また、私生活など公表さ
れたくない人がスクープされたときの悲劇にも軽く触れ
る。一方で、私生活も全部オープンにして、とにかく有名
になりたいという人もいる。Qrosの女は前者であり、
そして後者だ。ここにミステリーが埋め込まれている。
15


生きるぼくら 原田マハ氏 人生という名の主人公は、いわゆる”ひきこもり”だっ
た。いじめが原因で”ひきこもり”になったという設定
だ。そんな人生の面倒をみていた母親が突然jいなくな
る。困った人生は外の世界に足を踏み出す。ありがちなシ
チュエーションだが、ここから先が面白い。蓼科の田舎
で、マーサーおばあさんと昔ながらの米作りにチャレン
ジ。”ひきこもり”と認知症という社会的な課題を添えな
がら、農業を通じての人生の人生再生を描く。
14

無私の日本人 磯田通史氏 江戸時代に生きた”無私の”三人について語る。一人目は
穀田屋十三郎(こくだや じゅうざぶろう、1720−
1777)、二人目は中根東里(なかね とうり、1694−
1765)、三人目が大田垣蓮月(おおたがき れんげつ、
1791−1875)。穀田屋は地域復興のために私財を投げ
打ち、中根は故あって自らの詩文をすべて焼き尽くし、蓮
月は来るもの拒まず、与えられるだけ与えた。彼女は”あ
だみかた 勝つも負くるも哀れなり 同じ御国の人と思へ
ば”という西郷隆盛にあてた歌でも有名だ。今も語り継が
れる三人の生き様に光を与え、日本人の幸福について考え
させてくれる。
13

本日は、お日柄も
よく
原田マハ氏 「目頭が熱くなるお仕事小説」−こういう宣伝文句に弱
い。ビジネスと世界の中で、一生懸命で、騙されたり、失
敗もしながら、最後には”正義が勝つ”という水戸黄門的
な話は嫌いではない。本作は、スピーチライターという
少々特殊な職業で頑張る女性の話だ。披露宴のような祝
辞、選挙などでの所信表明など基本的なお作法もちりばめ
ながら、いくつかのスピーチ全文も登場する。ただ、残念
なのは、感動的であろうスピーチも文章で読むとそれほど
感動的ではないことだ。
12


空飛ぶタイヤ 池井戸潤氏 800ページを超える大作である。上中下巻の三部構成で
も不自然ではないほどの厚みがある。三菱自動車のリコー
ル隠しを題材に、”正義は我にあり”と信じて戦う弱小運
送会社社長と、巨大自動車会社の戦いだ。後者は罪罰系迷
門企業と揶揄されているが、通り一遍の”正義は勝つ”的
な話ではなく、皆がそれぞれの”正義”に対して一生懸命
だ。最終章では、”ともすれば忘れがちな我らの幸福論”
と題して、”正義”のあり方について考えされてくれる。
一気読みの面白さだ。
11


鉄の骨 池井戸潤氏 もともとは「走れ平太」という題名だったそうだ。中堅ゼ
ネコンで大口公共事業の営業を担当する組織に所属する平
太の遭遇するドラマを描く。公共建設・土木事業といえば
談合はつきものであり、その渦中で平太は走り回る。生々
しい談合の実態を描きつつ、中堅ゼネコンの決死の生きざ
まを通して、秀でる技術があれば、談合は要らないことを
教えてくれる。面白い。
10

道尾秀介氏 「正直、僕は嗚咽した。」「幸福な一冊である。」という
大林宣彦監督の帯広告に惹かれた。小学生の冒険譚であ
る。高級に言えば、”子どもがもつ特別な時間と空間を描
き出し、記憶と夢を揺さぶる、切なく眩い傑作”となるの
かもしれない。残念ながら、”嗚咽”するほどではなかっ
たが、遠い昔の記憶に重なるところはある。「懐かしさを
感じる一冊である。」
9

忠臣蔵異聞 石黒耀氏 典型的な忠臣蔵において、大野九郎兵衛は不忠臣として扱
われ、長く憎まれ続けていたが、最近は見直しの動きもあ
るようだ。赤穂藩の経済官僚として敏腕を振るい、赤穂浪
士を支えたという話もある。本書は、大野の活躍が160
年後の明治維新にさえ貢献したというフィクションだ。幕
末の長州藩になぜお金があったのか、そこへの展開も面白
い。
8


美しき凶器 東野圭吾氏 今から20年以上前、1992年の作品である。最近の作
者の作品からすると少し”軽い”感じがするが、面白さに
変わりはない。ドーピングをテーマに荒唐無稽な設定なが
ら、引き込まれていく。結局は、自分がカワイイという人
間のサガみたいなものをエンディングでは表現している。
迫りくる”タランチュラ”の恐怖よりも実は、近くにい
る”仲間”の方が怖かったりする。
7


七つの会議 池井戸潤氏 三菱自動車の燃費偽装問題が世間を騒がせているが、ここ
では部品の強度偽装問題が小説を盛り上げている。その部
品は飛行機の椅子にも使われているという設定であり、バ
レてしまうと運航停止に伴う膨大な賠償が予想される。な
ぜ偽装してしまったのか、経営の関与はあったのか、いつ
どんな形で公表するのか、ぐいぐいと引き込まれていく。
さすが、である。面白い。
6
教場 長岡弘樹氏 2014年の本屋大賞ノミネート作品であり、2014年
の「このミステリーがすごい!」第二位受賞作だ。かの横
山秀夫氏に「初の警察学校小説にして決定版。脱帽−。」
と言わしめた作品ではあるが、残念ながら暗い。警察学校
という世界そのものが暗いのだからしょうがないと言え
ば、しょうがないのだが、陰湿なイジメの世界はとても暗
〜いので積極的に見聞しようとは思わない。
5
人はなぜ怒るの
藤井雅子氏 喜怒哀楽という感情があるから『人間』なのだ、と教えら
れてきた気がする。しからば、なぜ人間は喜怒哀楽という
感情を持つのだろうか。特に、”怒”という感情は邪魔で
ある。怒る本人も、怒られる他人も煩わしい限りだ、とい
う気がして、なぜかを知りたくて手に取ったのが本書であ
る。期待値コントロールができれば、怒らなくても済むと
いうような展開であり、残念ながら、なぜ、神様は人に”
怒”を与えたのかという疑問には答えてくれなかった。
4


死都日本 石黒耀氏 600頁を超える大作だ。霧島山や桜島という活火山は誰
がも知っているが、加久藤火山のことを知っている人は少
ないだろう。今の加久藤盆地は巨大なカルデラだ。そこで
破局的噴火が起きたら、噴火に伴う溶岩流とラハールで南
九州は消滅。ラハールは北海道と沖縄を除く日本全域で発
生。さらに、火山灰による日照不足は北半球の全域に影
響。今の時代、我々はたまたま、生かされているだけかも
しれない。
3

残り全部バケーシ
ョン
伊坂幸太郎
あくどい仕事で生計を立てる”岡田”と”溝口”。元締め
は”毒島”で、番頭は”常務”だ。後半戦では、”高田”
が登場する。「明日から、もう俺の人生、残り全部、バケ
ーションみたいなもんだし。バカンスだ」というお気楽感
がイイ。「とんでもはっぷん(飛んでも8分、歩いて10
分)」という昔のフレーズを口ずさむ無邪気な感じもイ
イ。お気楽で無邪気だが、同時に、義理と人情と裏切りが
ある。
2

首都崩壊 高嶋哲夫氏 そもそもの過多な一極集中都市、東京。そこに直下型の大
地震が来れば日本の首都機能は崩壊する。頭ではみんなわ
かっていても「今」は大丈夫という気持ちがあるのだろ
う。地震予知の精度が向上し、東京直下型地震が発生する
と分かったとき、政治家・官僚・庶民はどう動くのか、早
めに真面目に対策を講じた方が良いと誰がも思うが、誰も
動かない。
1

<2015年> 



武士道エイティー
誉田哲也氏 「シックスティーン」「エイティーン」では香織が一人称で語って、
早苗が語るという相互繰り返しで物語は進んできたが、「エイテ
ィーン」では語り手が増えている。香織が通う道場の桐谷先生
と、早苗の学校の吉野先生も語り手だ。それぞれと剣道、ある
いは武士道との関連エピソードを語る。ちょっと横道にそれる感
はあるが、これによって物語全体に厚みを出た。
22

武士道セブンティ
ーン
誉田哲也氏 高校生になった磯山香織と甲本早苗は別の高校に通うことに
なる。いずれも剣道の強豪校で、福岡と神奈川という設定だ。
剣道は武道なのか、あるいは、競技なのか。競技であるとすれ
ば、勝つことこそに意味があり、意義がある。武道であるとすれ
ば、技(=その昔であれば人を殺傷する能力)を磨くことを重ん
じ、さらに武士道では人格を磨くことに重きを置く。果たして、高
校生の剣道は何なのか?!
21

武士道シックステ
ィー

誉田哲也氏 中学三年生の磯山香織と甲本早苗はライバルだ。お堅い剣士
の香織と、チャンバラダンスの早苗。スポーツを題材にした物語
は多いが、剣道を取り上げたものは少ないのではないかと思
う。本書の巻尾に、桐蔭学園女子剣道部の謝辞が添えてある。
剣道というスポーツの世界を垣間見せながら、彼女達の交わり
をかる〜く描く。続編のセブンティーン、エイティーンも楽しみだ。
20


英語化は愚民化 施光恒氏 副題は「日本の国力が地に落ちる」。タイトルもサブタイトルも秀
逸だ。フィリピンやインドは英語化して、その国力が伸びている
か? ノーベル賞を取っているか? この論点は面白い。キリス
ト教が広まったのは、ラテン語で書かれていた聖書が現地語に
翻訳されたから−翻訳の過程で現地語も進化してきた。英語を
排斥すべし、という主張ではない。著者は昨今のグローバル化
一辺倒の流れにも懐疑的だ。グローバル化は必然ではないと
いう考え方は面白い。
19

幸せの条件 誉田哲也氏 作者は、農業を明るく前向きに描きたかったそうだ。都会の”役
立たず”のOLが田舎で農業と格闘する。そこには、隣近所との
付き合いがあり、助け合いがあり、家族との深い絆がある。そし
て、梢恵は気づく。「大切なのは、誰かに必要とされることなん
かじゃない。本当の意味で、自分に必要なのは何かを、自分自
身で見極めることこそが、本当は大事なんだ。」−農作業の細
部がピンと来なかったことを除けば、悪くない。
18

乱心タウン 山田宗樹氏 山田宗樹氏の作品は、参考文献が面白い。本書では、「カラス
の常識」、「小児がんとたたかうこと」や「Fortress America」等
がある。Fortressとは要塞であり、アメリカ社会がGaterd
Communitiesであることを書いた本のようだ。乱心タウンの舞台
は、マナトキオと称する塀に囲まれた街だ。超高級住宅街とい
う設定で、そこの住人以外は基本的には立ち入ることができな
い。そんなところで住む人々を題材に非日常(マナトキオの住人
にとっては日常)を描く。
17

プロトコル 平山瑞穂氏 瑞穂という名前は女性の方が多いのではないかと思うが、作者
は1968年生まれの男性だ。「プロトコル」などというIT用語を持
ち出して、IT関連企業に勤める女性主人公を描く。セキュリティ
事故の顛末を描きながら、社内派閥争いや人間関係を書いて
いる。ストーリーは面白いが、やや底が浅い印象が残る。長編
ではなく、短編向きの内容かもしれない。
16


人は、永遠に輝く
星にはなれない
山田宗樹氏 本書には50冊近い参考文献がリストアップされている。テーマ
は、「医療ソーシャルワーカー(MSW)」、「せん妄」、「老い」、
そして「零戦」。主人公のMSWが、せん妄症状を発する老人と
触れ合う中で、その老人の根底にある戦争体験を語らせ、人間
にとっての老いとは何かを見つめる。せん妄とは一種の意識障
害であり、錯乱状態に陥ることを言う。なお、真珠湾攻撃の前
に、コタバル上陸作戦が展開されていたことを初めて知った。
15

直線の死角 山田宗樹氏 小説の巻尾に参考文献リストがあることはあまりないが、この
作者はリストを付ける。本書では、「交通事後と損害賠償」や「エ
イズ・カウンセリング」といったかなりお堅い本がリストアップされ
ている。前者から、世の中に交通事故鑑定の専門家がいること
を知らしめ、後者からはT4リンパ球といった専門用語を引用し、
ストーリーに深みを与えている。横溝正史賞を受賞したミステリ
ーでありながら、交通事故とエイズを伏線に男の苦悩と愛を描
く。
14
魔欲 山田宗樹氏 人間には「自殺脳」が存在する−確たる理由が窺いしれない多
くの自殺者がいる。元来、自己犠牲という行為は古くからあった
ようだ。その”死にたいので、死ぬ”というアクションを惹起させ
る脳の働きを「自殺脳」と呼んでいる。脳内の奥深くに通常は眠
っているその部位が働き始めたとき、通常は「理性」がそれを抑
えにかかる。どこまで、あるいはどこからが、が人間の「自由意
思」なのだろうか。
13

マルクスが日本に
生まれていたら
出光佐三氏 マルクスの最大の功績は、資本家の搾取を戒めた点にあると
し、最大の失敗は、平和と福祉を求めながら対立闘争という手
段を選んだ(あるいは、選ぶしかなかった)点にあるとする。「物
の世界」で生まれ育ったマルクスには、「人の世界」のことはわ
からない。日本は数千年の歴史の中で、和の精神を尊ぶ「人の
世界」を作ってきたという。そんな日本と、出光(という会社)を
褒め称える論調は強すぎると鼻につく。
12
あの女 真梨幸子氏 ”先に結婚されると傷つく。先に出産されると焦る。年賀状の住
所で生活レベルを測る。”−そんな女たちが次々に現れる。そ
れぞれに怪しい女、女、また女。たくさんの女が登場して訳が
わからなくなる。この頁はいったいどの女の話なんだ?!
11


百年法(上・下) 山田宗樹氏 日本推理作家協会賞受賞作だ。これは面白い。不老ウィルスを
接種することによって、老化という現象が発生しなくなる。ここで
登場するのが、百年後には必ず死ななければならないことを定
めた百年法だ。『老化人間』のいない社会で、人々はどのような
生活を送るのか、大変興味深い。そして、不老ウィルスに副作
用が見つかったとき、どう対応するのかを想像しながら読むと、
かなり面白い。
10
9

伊集院静の流儀 伊集院静氏 "政治家は平気で嘘をつき、法を犯しても金が儲かれば成功者
と呼ばれる。金が力で、人の価値まで計れると口にする愚かな
輩があふれる。”−小気味のよいフレーズだ。さらに、”こんな社
会を作った大人になりたいはずがない。当たり前だ。”と続け
る。価値ある生き方、誇るべき生き方を求めて一人で歩け、と説
く。小気味良い。
8

夢を売る男 百田尚樹氏 米国出張の行きの飛行機の中で読んだ。「日本には馬鹿が多
い」と言う。ピアノが弾けなければピアニストにはなれないが、日
本語がしゃべれれば小説家にはなれるんじゃないかと思ってい
る人がたくさんいると言う。この”希望”を叶えるのが、自費出版
という仕組みだ。実際に詐欺まがいの自費出版が横行したこと
もあったようだ。基本的に、キョービ、小説なんて売れないの
だ。
7

悩むが花 伊集院静氏 夏目雅子という若くして死んだ女優がいた。1985年だという。そ
の時の夫が伊集院氏だ。妻の死亡後、酒とギャンブルにおぼ
れ、放浪生活を送ったそうだ。ところで、本書。週刊文春での人
気コラム「悩むが花」を一冊の本にしたものだ。内容はエンター
テイメント。読者を喜ばすことに専念したものだ。
6


無頼のススメ 伊集院静氏 ”無頼とは読んで字のごとく、「頼るものなし」という覚悟のことで
す。・・・「頼るものなし」と最初から決めているとすると、まず他
人に対して楽でいられる。”−共感できるところの多い本だ。著
者本人は、頼るものはないとしながら、ギャンブルなくしては生
きてはいけない−それは頼っている/依存しているのではなく
て、刹那の遊び(余裕)なのか?
5

木暮荘物語 三浦しをん
「ああ、私はこの物語がとっても好きだ。」という小泉今日子さん
の書評に釣られて、三浦氏の作品を初めて読んだ。三浦しをん
氏は76年生まれ。アラフォー世代の女性であるが、木暮荘の
住人は老若男女さまざまである。それぞれがそれぞれの思いを
抱いて暮らす様子を上手にほんわかと描いている。
4


海賊と呼ばれた
男(上・下)
百田尚樹氏 出光興産の創業者である出光佐三氏の生涯を描いた作品だ。
日本国のことを思い、業界規制と戦い、世界のメジャーと戦い、
石油販売の自由化を導いた。陸地では、他社との縄張りがあり
自由に商売ができなかったので、海上(関門海峡付近)で漁船
を待ち構えて、油を販売しまくった。これが”海賊”と呼ばれる所
以だ。知らなかったことばかりで面白い。
3
2

リーダーのための
「レ
ジリエンス」入門
久世浩司氏 レジリエンスリーダーとは、打たれ強いリーダーのことだ。米国
流のカリスマリーダーとは違うタイプのリーダー像を紹介し、こ
れこそが日本人が目指すべきグローバルリーダーの形だと言
う。確かに、打たれ強さ=ストレス耐性は必要だが、それだけで
十分ではないはずだ。
1

<2014年>



ナミヤ雑貨店の
奇蹟
東野圭吾氏 ナミヤ雑貨店で、不思議なナヤミ相談が行われている。時代を
超えての悩み相談だ。回答者は相談者の知らない未来を知っ
ている。相談者のそばには、相談の知らない別の相談者がい
る。時間を超えての人の繋がりの中で、生かされている、ちっち
ゃな存在。それが我々なんだろうと思う。
24

ワークシフト リンダ・グラ
ットン氏
ロンドンビジネススクールの教授である著者が、2025年(たっ
た10年後!)の働き方について、未来予測とともに、その処方
箋を提示している。「連続的スペシャリスト」が「協業イノベーショ
ン」を起こし、「仕事と遊びの境界が曖昧な社会」になると説く。
トマ・ピケティ氏が「21世紀の資本論」で指摘する格差拡大社
会との接点を知りたい。
23
How Google
works
エリック・シ
ュミット氏
1998年に設立された米国グーグル社は、今や、売上高5兆円
の企業である。純利益率は20%、ということは毎年1兆円の利
益を叩き出しているスゴイ会社だ。そこの現会長がその凄さを
記した。インターネット検索への拘りと、スマートクリエイティブと
呼ばれる人々による熱狂的な新規プロダクト開発に圧倒され
る。
22

介護退職 楡周平氏 「すぐそこにある危機! 少子晩産社会の脆さを衝く予測小説」
とあるが、すでに存在する話だ。晩婚化が進み、40代の働き盛
りの時代に親が認知症になる。あるいは、配偶者が脳溢血で倒
れる。看病、介護のための公的支援は圧倒的に足りず、自らが
仕事を犠牲にしてそれにあたる。それもまた人生なんだろうと思
う。
21
朽ちた樹々の枝
の下で
真保裕一氏 北海道を舞台に、不発弾の闇取引に絡んだ真実を突き止めよう
とする男を描く。きっかけは、自衛隊演習場と隣接する夜明け
前の森で救出した女性の存在だ。”森林”に関する描写が無用
に長く感じられた(一冊で600頁超)。自然林保護と一見無関
係な自衛隊のコンビネーションは悪くないが、半分くらいの分量
で一気に読ませて欲しかった。
20

パラドックス13 東野圭吾氏 『大胆な設定への圧倒的な説得力!』と帯広告にはあるが、凡
人にはなかなか理解できない。2009年に初版が出版されてい
るが、東日本大震災を彷彿させる”瓦礫の山と化した街”−極
限状態での人間はもっと醜いのではないかと思ってしまう。野
生化する集団と家畜化する集団−そんな世界かもしれない。
19
跳びはねる思考 東田直樹氏 重度の自閉症である東田氏は、会話によるコミュニケーションが
スムースに出来ない。会話はできないが、思考は普通にでき
る。その思考を表現したのが本書だ。多くの自閉症の方は表現
の手段を持たないが、東田氏は紙のキーボードをワープロのよ
うに扱い、発音する。全世界の多くの自閉症の人を持つ家族
に、”救い”を与えている。
18

コンビニ・ララバイ 池永陽氏 商売っ気のないオーナーである幹男のコンビニに訪れる人々の
抱える悩みや哀しみを描く連作短編集。代金を踏み倒した人、
コンビニ前のベンチで語り合う老人男女二人、堅気の女性に惚
れてしまったヤクザ、・・・池永氏の作品には、ちょっと素敵な老
人とヤクザが登場することが多い。
17

イマドキ部下を育
てる技術
嶋津良智氏 鈴木貴博氏の著書である『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダ
ム世代」の憂鬱』にヒントを得たという本書では、「怒る」より「褒
める」より、「上司は部下に助けてもらわないとやっていけない」
くらいの気持ちでいよう、と説く。腹を立てることに全く意味がな
いことは諸手を挙げて賛成だが、その処方についてはちょっと
違う、という気がする。
16

ひらひら 池永陽氏 本書の参考文献が興味深い。『裏ギャンブルの世界』、『ヤクザ
という生き方 これがシノギや!』、『誰も教えてくれない 完全
ムショ暮らしマニュアル』、・・・。本当?と思ってしまうヤクザの
世界が描かれている。そんな中で、お人よしのチンピラの生き
様を切なく描く。”本物という勲章を胸にしっかり刻み込んで組長
のようにヤクザのスジを一本通した生き方がしてみたかった”−
主人公の言葉だ。
15


イノセント・ゲリラ
の祝祭(上・下)
海堂尊氏 海堂氏は現在、独立行政法人【放射線医学総合研究所/重粒
子医科学センター/Ai情報研究推進室室長】らしい。Aiとは、
Autopsy Imagingの略で、死後画像診断のことだ。このAiという
言葉は小説の中でもたびたび出てくる。死亡時解剖率が2%に
も満たない日本において、このAiを導入すべし、というのが海堂
氏の主張だ。反対派の医者や医学会人や、厚労省の役人を登
場させて、臨場感あふれるタッチで描く力作だ。
13
14


走るジイサン 池永陽氏 「頭頂部だ。頭の上の猿がいる。」という書き出しで始まる、作
次ジイサンの日常生活を描いた作品。頭の上の猿が、どういう
意味があるのか最後までよくわからなかったが、猿などいなくて
も十分に楽しめる。老いと向かい合わなければならないジイサ
ン達。ジイサンの切なさと哀しさを感じて少し落ち込み、ジイサン
の足掻きに元気をもらう。10年後、ジイサンの年齢にもっと近づ
いたとき、何を感じるか楽しみだ。
12


幸福な生活 百田尚樹氏 昔昔、星新一氏の「ノックの音がした」にとても感動したことを思
い出した。そこでは、短編小説の冒頭を『ノックの音がした』で始
めて、いろんな話が展開されていた。本書では最後の一行が決
め台詞になっている。ご丁寧にも、構成上、最後の頁の一行目
に配置されている。最後の一行には例えば、こんな短いフレー
ズもある。「見たな」「ひろし−」「できちゃったの」「純子!」「出
張ソープ嬢だよ」・・・玉石混交の短編集ではあるが、面白い。
11
三十光年の星た
宮本輝氏 久々に宮本輝氏の小説を読んだ。本当に久々だ。帯広告はい
つものように大げさだ。「若者の再起と生きることの本当の意味
を、圧倒的な感動とともに紡ぎ出す傑作」、「懸命に生きる若者
と彼らを厳しくも優しく導く大人たちの姿を描いて人生の真実を
捉えた、涙なくしては読み得ない名作」−残念ながら、そこまで
の感動も涙もなかった。『十年で、やっと階段の前に立てるん
だ』、『見えないものを見ようと努力する』などの人生訓を今時の
若者はどう感じるのだろうか?
9
10

脳年齢若返り!
大人の5分間トレ
ーニング
川島隆太氏 脳の中の『前頭前野』が、脳の基礎力を支えるものらしい。考え
る力の基礎がそこにあるとするとき、『前頭前野』を鍛えることこ
そが脳の働きを維持するポイントになる。そのために、筆者は
一日5分間の音読と計算を勧めている。実際にボケ防止に役立
つ科学的なデータもあるようだ。人の名前がなかなか出てこな
い今から、『前頭前野』のトレーニングが必要なのかもしれな
い。
8

ナニワ・モンスタ
海堂尊氏 解説によれば、「医療と司法の対立が医療崩壊を招く」というの
が作者の基本的な思いらしい。すべての住民の死後解剖を徹
底している小さな町がある一方で、大都市ではそんなことは夢
のまた夢であり、Ai(Autopsy imaging)−死亡時画像病理診断
−の導入を説く。逮捕された厚生労働省の幹部を登場させた
り、地方分権を説く地方自治体の長を登場させたりしながら、医
療現場と行政と司法の絡み合いを描く。世の中、悪徳医師もい
れば悪徳官僚もいる。悪徳弁護士だって、悪徳裁判官だってい
るのだ。
7

「いい会社」とは
何か
小野泉氏
古野庸一氏
サブタイトルは、「一人ひとりと向き合う会社が業績を伸ばす!」
となっている。財務的業績のいい企業には共通的に4つの特徴
があるという。@変化適応のために自ら変革、A人を尊重し、
能力を生かす、B長期的視点での経営、C社会の中での存在
意義を強く意識。中でも、一人ひとりと向き合うとき、暖かさと厳
しさが同時に必要で、そのベースとなるのが信頼関係であると
いう。暖かさだけだとぬるま湯になり、厳しさだけだと殺伐とな
る。果たして、その信頼関係をどう築いていくべきか?!
6

夜想 貫井徳郎氏 ”物に籠った思いを読み取ることが出来る能力”がある、天美遥
(あまみはるか)との出会いで主人公雪藤(ゆきとう)の人生が
変わった。雪藤は事故で最愛の妻と娘を亡くしていたのだ。こ
れを、帯広告では『魂の絶望と救い』のドラマと呼ぶ。人は一人
では生きていけない。共感してもらえると嬉しい。これをお金儲
けに繋げると、怪しい新興宗教と呼ばれるのかもしれない。い
わゆる宗教ではないが、ふさわしい言葉は思いつかない。
6


明日の記憶 萩原浩氏 読後感は”恐ろしい”の一言だ。50歳という年齢で、”若年性ア
ルツハイマー”になってしまった主人公は、広告代理店のバリバ
リの部長だった。人の名前を忘れ、場所がわからなくなり、メモ
がないと仕事ができないどころか、生きてもいけなくなる。真綿
で首を絞めるとはこのことか。交通事故で一瞬で死ぬか、長い
間、病床に伏して死ぬか、あるいは、余命何ヶ月という宣告を
受けて”自由に”死ぬか−死に様を考えさせられる恐ろしい本
5

誰にも書ける一冊
の本
萩原浩氏 父親の遺品を整理していた息子は、父親がしたためた「物語」
を見つけた。自伝のようなその文章の中には息子の知らない父
親がいた。”私の羆(ひぐま)の傷はよくからかいの的になった。
「羆にやられた」と答えても、内地の人間には法螺にしか聞こえ
ないようだ。・・・、以来、私は聞かれても、農作業による怪我で
押し通すことに決めた。”−農作業による怪我と信じていた息子
は、出征経験もある父の生き様に初めて触れ、驚きとともに、父
への親近感を増していく−”石に布団は着せられず”か。
4

リベルタスの寓話 島田荘司氏 ”羊の腸に詰めたものがウィンナー・ソーセージ、豚の腸に詰め
たものがフランクフルト・ソーセージ、牛の腸に詰めたものがボロ
ニア・ソーセージ”だとこの本を読んで初めて知った。内臓バラ
バラ殺人事件という気色の悪い設定で、そのなぞを解くヒントが
「腸」である。ソーセージから着想して、伏線だらけの物語を作り
上げてしまう作者の力量には脱帽である。ボスニア・ヘルツェゴ
ヴィナという場所の設定もユニークだ。クロアチア人とセルビア
人が不仲という事実(?)も全く知らなかった。
3


日本人はいつ日
本が好きになった
のか
竹田恒泰氏 副題には、「『自分の国がいちばん』とやっと素直に僕らは言え
た」とある。「建国の経緯を教えられない現代日本人」の節で
は、紀元前660年2月11日に初代天皇である神武天皇が即
位したとされることを”教えていない”のは戦後教育へのGHQ
の介入のせいだと断じている。ちなみに、1940年は皇紀260
0年であり、この年に作られた戦闘機が”ゼロ(下二けたが00)
戦”と呼ばれる。戦前は、皇紀を意識していた証である。面白
い。”教えられていない”世代は自分で学ぶしかない。
2
IT幸福論 岩本敏男氏 NTTデータという会社の社長は、社長在任中に出版するのが
最近の習わしのようだ。2007年に浜口友一氏が「社員力〜IT
に何が足りなかったのか」を出版し、2011年に山下徹氏が「貢
献力の経営〜押し寄せる課題に皆で立ち向かう仕組み」を出
し、2013年には岩本氏が本書を上梓した。トフラーの第三の
波を引きながら、進化し続ける情報技術とうまく付き合うことを
企業経営者に伝えながら、もっとお金をかけましょうよ、と説く。
幸福論というタイトルからするともう少し哲学的な内容が欲しい
ところだ。
1

<2013年>



神様からひと言 萩原浩氏 萩原浩氏の作品は初めてだ。サラリーマンを元気にしてくれる、
との書評を見て、読んだみた。「珠川食品」に再就職した主人
公は、入社早々、販売会議でトラブルを起こし、リストラ要員収
容所と恐れられる「お客様相談室」へ異動となった。クレーム処
理に奔走し、ハードな日々を生きる彼の奮闘を描きながら、「神
様」がいるかのようなハッピーエンド。チト甘い。チト軽い。
12

ようこそ、わが家
池井戸潤氏 1988年に三菱銀行に入行した著者(95年に退行)は、おがわ
亭(♂)と同じ歳だ。10年にも満たない銀行生活で見聞きした
経験をもとに、小説を描いているとすると大したもんだと思う。史
上最弱の主人公は、やはり銀行員であり、出向している。出向
先でも不正問題を抱えながら、家庭でもストーカー問題を抱えて
いる。ホームドラマと言うよりもやはり企業小説の色が濃い作
品。想定外ながら、期待通り。
11
1973年のピンボ
ール
村上春樹氏 ピンボールは1934年に、レイモンド・モロニー氏が発明したらし
い。”そこには我々の想像力を刺激する要素など何ひとつ無い”
が、”その存在自体よりは進化のスピードによって神話的オーラ
を獲得した”とナチスになぞらえて説明する。そして、”あなたが
ピンボール・マシンから得るものは殆ど何もない。数値に置き換
えられたプライドだけだ。”とあるピンボール研究書の序文を引
用している。純文学は難しい。
10
風の歌を聴け 村上春樹氏 群像新人賞受賞の、村上春樹氏のデビュー作だ。1970年代の
作なので、たぶん、学生時代に読んだことがあるはずだ。”あら
ゆるものは通りすぎる。誰もそれを捉えることはできない。僕た
ちはそんな風にして生きている。”−こういう言い回しに若者は
共感するのだろう。若い時のことを思い出して、共感できるよう
な感性が欲しいところだが、残念ながら”乾いた”壮年にはちょ
っと厳しいかもしれない。
9
羊をめぐる冒険
(上・下)
村上春樹氏 世間ではもの凄く評価の高い本作だが、凡人には理解できない
ところが多い。大昔、著者の作品を読んだとき、”まどろっこしい
なぁ。”と思ったが、数十年経っても同じだった。純文学は難しく
て、なかなかついていけない。”いちばん早起きをするむくどりに
なり、いちばん最後に鉄橋を渡る有蓋貨車になる”などと言われ
ても、哀しいかな、まったくもってピンと来ない。もう数十年経っ
たら(生きているかどうかはわからないけど)、理解できるように
なっていると嬉しい。
8

「黄金のバンタ
ム」を破った男
百田尚樹氏 「黄金のバンタム」とは、1936年生まれのブラジルのプロボク
サー、エデル・ジョフレだ。プロでの対戦成績は75戦69勝(48
KO)2敗4分け。この2敗の対戦相手がいずれもファイティング
原田、その人だ。44年生まれの彼は、減量に苦しみながらも驚
異的なスタミナを持っていた。66年のジョフレとの世界タイトル
戦は、日本歴代5位の視聴率(60%以上)を誇る。日本人で初
めて、世界ボクシング殿堂入りも果たした。凄過ぎる人なのだ。
7

モンスター 百田尚樹氏 扱っているテーマは普遍的なものだと思うが、あまりに直截的な
印象だ。この本の中に「ブス」という表現はたぶん数百回出てく
る。美を求めて、(何のために?)、その一生を捧げる女性の話
だ。ちなみに、「ブス」は漢字で「附子」と書き、トリカブトの塊根
を意味するらしい。トリカブトには猛毒が含まれており、これを食
すと神経が麻痺し無表情になる。狂言で毒薬のことを「附子」と
言い、一般に広まったとの説が有力らしい。
6


永遠のゼロ 百田尚樹氏 西暦1940年は、皇紀2600年(初代天皇である神武天皇即位
は紀元前660年とされている)であり、この年、「00」式艦上戦
闘機が開発された。いわゆる、零戦である。太平洋戦争の末
期、特攻機は零戦に守られながら、突撃していった。特攻爆撃
機のみならず、人間爆弾「桜花」、人間魚雷「回天」と、特攻作
戦は拡大した−そんな当時を生き残り特攻隊員の語りを中心
に、現代から振り返っている。良くできた物語である。
5

影法師 百田尚樹氏 背中の傷は”卑怯傷”と呼ばれ、相手に背中を見せるという武
士にあるまじき行為ということで、恥ずべきものとされていたらし
い。たまたま、背中に傷を負ってしまった磯貝彦四郎とたまたま
二人を討ち果たした戸田勘一(のちの、名倉彰蔵)の人生は大
きな岐路を迎えた。かたや、下士の身分から筆頭国家老まで上
り詰め、かたや、野垂れ死にだ。だが実は、その後も友とその
妻みねを助け続けていた彦四郎。良くできた物語である。
4
向日葵の咲かな
い夏
道尾秀介氏 「道尾マジックに酔え!」「その実力を存分に感じて下さい!」と
あるが、残念ながら酔うことも感じることもできなかった。一学期
の終業式の日から、小学四年生のミチオ、同級生のS君、そし
てミチオの妹の三歳のミカを中心にストーリーが展開していく。
生まれ変わりの存在が当たり前のように描かれているところ
で、私の頭は思考停止。気持ち悪い、怖い、狂気の世界−好き
になれない世界が広がる。
3

シャドウ 道尾秀介氏 凰介は小学5年生だ。母を亡くし、幼馴染の母親が自殺し、推
理ごっこのようなことを始める凰介。幼馴染の亜紀にも人には言
えない過去があり、父親の洋一郎も尋常ではない。その父親に
も人には言えない暗い過去がある。ひとつひとつ、知るたびに
成長していく凰介。すべてがバレてしまったとき、父親からの「ど
うすればいい?」という問いに対して、「いつか、いっしょに考え
ようよ。」と答える様は力強い成長の証だろう。
2


輝く犬 百田尚樹氏 モモタではなく、ヒャクタと読む。年齢は50台ながら、作家デビ
ューは2006年の「永遠の0(ゼロ)」。さて、本作は5編の短編
である。著者は常々、「希望のある話を書きたい」と言っている
らしい。『魔法の万年筆』での三つの願い事は、「美味しいケー
キが食べたい」「和明の会社が立ち直れますように」「藤沢健作
がスターになれますように」。自分のことはつつましやかであ
る。
1

<2012年> 



二年間の休暇
(上・下)
J・ベルヌ氏 昔は、「十五少年漂流記」というタイトルであったが、最近は原
題の「二年間の休暇」とタイトルになっている。子供達だけが乗
った船が漂流し、たどり着いた島は無人島という設定だ。子供
達だけで、ルールを作り、困難を乗り越えて生活し、二年後、よ
うやく大人が島にやってきた。ところが、その大人たちは悪党だ
った。。。。。ベルヌ氏は言う、『どんな危険に陥っても、秩序と熱
意と勇気をもってこれにあたれば、必ず乗りきることができる』。
(二世への読み聞かせ本)
12


ラットマン 道尾秀介氏 1898年からイタリアの新聞に連載された「ラットマン」は、実は
パワーも知識もないネズミなのだが、自らをスーパーヒーローで
あると思い込んでいるそうだ。要するに、勘違い野郎ということ
のようだ。本書の主人公も、勘違い野郎である。そして、その父
も。二人に共通するのは、誰かを守ろうとしたという点である。
例え、勘違いであってもその行動に義が伴うとき、それは美しく
見える。
11


光媒の花 道尾秀介氏 「儚くも美しい世界を描いた全6章の連作群像劇」−どちらかと
言うと、美しさよりも儚さが残る。”冷たい哀しみの風景”が描か
れている。想定外の人殺、生きるための売春、癌かもしれない
ポリープ、子を思う自作自演の窃盗・・・・日常、ありそうな出来
事の中に、思いを込めて生きていく人々。「幸福の答えを求め、
不器用にもがきながら生きていく人々」は明日のわが身と重な
るところがあるかもしれない。
10

儲けを生むため
のSCM
高橋邦芳氏 著者の高橋氏には何度かお会いしたことがある。4〜5年前
に、中国のシンセンでお会いしたのが最初だ。その後、日本で
も会社に伺ったり、飲みに行ったりさせてもらっている。高橋氏
は『アスプローバ』というソフトウェア製品を作って、全世界で売
っている会社の社長さんである。全体最適を目指すSCMにつ
いて、わかりやすく説いた本だ。難解な事柄を平易に説明でき
るのは事の本質を捉えているからだと思う。後半、『アスプロー
バ』の宣伝が増えるのは、著者の、ある意味本当の自信作であ
ることの現れなんだろうと思う。
9
プラチナデータ 東野圭吾氏 結構、長い話だ。DNA捜査システムが、その舞台の中心にあ
る。DNA捜査システムはコンピュータなので、ウソはつかない。
インプットデータと、解析ロジックが正しければ、そのアウトプット
はウソはつかない。インプットデータは見えるが、解析ロジック
の正しさは誰がどう説明できるのか−嵌められた主人公の神楽
とリュウ。ここに二重人格を持ち込むのは、ストーリーに幅を持
たせ、推理小説として成立させるためだ。
8

反・幸福論 佐伯啓思氏 難解である。宗教と哲学と政治がうまく(?)ミックスされてい
る。日本の伝統的精神のなかには、人の幸福などはかないもの
だという考えがあったことを指摘し、ニーチェの「ルサンティマン」
を語り、民主党政治に言及する。「敗戦後体制」まで踏み込まな
いと、今日の日本の「全体的衰退」は食い止められないと言う。
その「敗戦後体制」とは、「平和憲法」「アメリカニズム」「経済成
長」だ。この三点セットが機能不全に陥り、日本をダメにしてい
ると言う。そして、この現実を直視した暗澹たる未来図を思い描
いておけ、と言う。経済的成長と個人の自由のみに幸福を見出
そうとしても無理がある−まったく、その通りだと思う。
7

モダンタイム(上・
下)
伊坂幸太郎
『問いかけと愉しさの詰まった傑作エンターテイメント!』と文庫
本の裏表紙には書かれているが、話は難しい。「(国家が迫る)
システムの歯車になるか、歯車に潰されるか」という二択に対し
て、付和雷同や思考停止を排して敢然と立ち向かう−と言われ
ても正直、そこまで切羽詰った共鳴はできなかった。播磨崎中
学校銃乱射事件が発端となって、ストーリーは展開するが、そも
そもこの事件にリアリティを感じない(だから、共鳴できなかった
のかもしれない)。
6

「ゆっくり」でいい
んだよ
辻信一氏 2010年に、『スローライフのために「しないこと」』という筆者の
本を読んだことがある。趣旨は同じだ。筆者が言いたいことを一
言で言えば、”スローライフはたのしい。”ということになるんだろ
う。言い換えると、”がんばらないこと”は楽しいし、愉快だし、身
体にも心にも良く、争わず、人にも自然にも優しい。それは自分
の時を刻むことである。言うは易し、という感がありながらも、一
人ひとりができることをできる範囲でやるってことも大切なんだろ
うと思わせてくれる。
5

名もなき毒 宮部みゆき
タイトル通り、「毒」がいろんな形で、いろんなところで登場する。
文字通り毒物の毒、シックハウス症候群や土壌汚染を引き起こ
す工場廃棄物等の毒、毒殺事件に使われる青酸カリ、そして、
人間の心に巣食う毒。最後の毒は特に厄介だ。「悪意」とも言え
るその毒は、人の心を蝕み、狂気を駆り立てる。原田いずみは
その象徴だ。帯広告には、”その中にも光が射す可能性を忘れ
ない”とあるが、自らの心にとらわれた人の心象風景であるオ
ール曇天は、世界を覆い尽くす。唯一の回避策は、同じ空を見
ないことだけかもしれない。
4
西遊記(上・中・
下)
呉承恩氏 週末だけ、息子に本を読んでやっている。2011年4月に購入
した西遊記/上中下巻(全1200頁)をようやく読み終わった。
1年がかりの当初予定を少しだけ前倒しした。言わずと知れた
孫悟空の物語だ。君島久子氏の訳は一部格調高く、小学三年
生には少し難読だ。三蔵は驚くほど軟弱であり、猪八戒はあわ
てんぼう、沙悟浄はほとんどしゃべらないので印象が薄い。一
方の孫行者は知恵者であり、リーダである。
3
仕事をしたつもり 海老原嗣生
雇用ジャーナリストという奇妙な肩書きを持つ著者は64年生ま
れの同世代だ。「時間だけがいたずらに過ぎていく。残るのは、
クタクタになった疲労感だけ。」という仕事をしたつもリーマンが
その生活を変えるためには、「仕事をしたつもり」を半分にし、残
りの半分を「仕事をしたフリ」をせよ、と説く。この半分の半分を
余暇に費やし、残りの半分を、真剣に考える時間にせよ、と言
う。やってみようかな、と思わせる。
2

破獄 吉村昭氏 かの有名な網走刑務所を脱獄した男の物語である。この男、生
涯で四度の脱獄を実行した。網走をはじめ、青森、秋田、札幌
それぞれの刑務所から、みごとに脱獄した。戦前から戦中、戦
後にかけて実際にあった話だそうだ。その後、環境の変わった
府中刑務所で模範囚となり、昭和36年には出所したそうだ。過
酷な刑務所生活が彼のチャレンジ精神に火をつけたのかもしれ
ない−社会の閉塞感という”牢獄”の中にいる我々は、ハナか
ら”脱獄”することを諦めているような気がする。
1

<2011年>



魔王 伊坂幸太郎
少し不気味な話だ。「魔王」ではその兄が、”遠隔腹話術”を用
い、「呼吸」では弟が”予見術”を用いる。閉塞の時代にあって、
ファシズムの台頭は想定できなくもない。誰もが先を見通せない
中、力強い言葉で未来を語るリーダシップはややもすればファシ
ズムとなる。ファシズムが浸透していく過程で、個人に何が出来
るのか−それは続編である「モダンタイムズ」で明らかになるこ
とだろう。
18


犯人のいない殺
人の夜
東野圭吾氏 短編集である。タイトルになっている「犯人のいない殺人の夜」
においても、どんでん返しが用意されている。強請りのネタに、
偽装殺人を企てたが、それは偽装ではなく、本当の殺人だっ
た・・・・・読者を騙しつつ、ストーリーを展開させて、unlikely
suprise endingに導く、その筆力はさすがだ。着想の素晴らしさ
と、それをストーリーに展開する旨さを持つが故に、東野作品は
常にベストセラーなのだと思う。
17

宙ぶらん 伊集院静氏 久々に伊集院氏の短編集を読んだ。舞台はさまざまだ。ギリシ
ャ、イギリス、スペイン、ポルトガル、サンディエゴ、湘南、代々
木など。いろんなところを旅して、いろんことを見聞きして、ちっさ
なヒントから物語を作り上げるのだろう。『宙ぶらん』に登場する
「××義肢製作所」は実在するのだろう。それを見た作者は、足
がない=安定しない、という物語を書いた。元気が出る話では
ないが、遠まわしに何かしなきゃと思わせる話である。 
16

11文字の殺人 東野圭吾氏 もともとは「無人島より殺意をこめて」という原題案だったという。
これが11文字である。登場人物が多くて、誰が誰かわからなく
なり、しばしば前のページに戻るという情けない読み方をしてし
まった。目の前で溺れている人がいたとき、人はどうするだろう
か? ミイラ取りがミイラになってしまう話も良く聞く。かといっ
て、見殺しにできるだろうか−大きな呵責を負ってしまうのでは
ないかという気がする。そのような場面に遭遇しないことを祈る
しかない。
15
ハッピー・リタイヤ
メント
浅田次郎氏 アーリー・リタイヤメントを宣言していたものの、すでにアーリー
でもなくなったので、ハッピー・リタイヤメントを目標にしているの
で、題名に惹かれた。元財務官僚の慎ちゃんと元自衛官のベン
さんが天下った先はまさに天国。しかし、本物の天国はそこで
はない。彼らの向かったハワイでもないだろう。ハッピーと感じる
ことのできる”所業”であり、その所業をともにできる仲間の存在
なのだろう、と思う。
14


分身 東野圭吾氏 「キメラ」とは、同一個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混
じっていることをいい、「クローン」とは、同一の起源を持ち、尚
かつ均一な遺伝情報を持つ核酸、細胞、個体の集団のこと言う
らしい。1996年7月、ヒツジの乳腺細胞核の核移植によるクロー
ン、あの有名な”ドリー”が作られた。これが動物初らしい。本書
では、人間のクローンが主人公である。この二人のクローンは、
ともに事情を知らないまま育ち、偶然、ともに事情を知り、出会
う。作る方はいいが、作れた方はたまらない。
13


神様のカルテ 夏川草介氏 著者は1978年生まれの現役のお医者さんである。「男爵」「学
士殿」「大狸先生」「古狸先生」など登場人物の名前からして”ほ
のぼの系”ではあるが、薄っぺらではない。主人公である、地方
病院に勤める栗原一止(イチト)先生を取り巻く登場人物が素敵
だ。安曇のおばあちゃんは死ぬ間際に生きることの意味を教え
てくれ、細君ハルさんは今を生きていることの素晴らしさを教え
てくれる。
12


八日目の蝉 角田光代氏 「蝉の一生は七年土の中にいて 外に出て七日目に死んでしま
う。七日で死ぬということは皆と一緒なので別に悲しくないが 
皆と一緒でなく八日目に生き残った蝉がいたとしたら その方
が悲しい」。しかしながら、「八日目の蝉は 他の蝉には見られ
なかったものを見られるので ひどいことだけではないと思う
よ」。誘拐犯に育てられた娘は、未婚の母になる。この血のつな
がらない母娘は”八日目の蝉”なのか。
11
鴨川ホルモー 万城目学氏 万城目(まきめ)氏の著作は初めてだ。帯広告には『大ベストセ
ラーの奇想青春グラフィティ』とあるが、残念ながらそんなに面
白いとは思わなかった。”吉田代替わりの儀”の舞台となってい
る吉田神社のすぐ近くに住んでいたにも関わらず、”あるある”と
思えず、ところどころで”あったあった”と思うに過ぎなかった。現
在進行形ではないためか、あるいはあまりに突飛なストーリー
であるが故か、定かではない。
10

シアター! 有川 浩氏 ありかわひろ(♀)氏の著作は初めてだ。経営難に陥り、解散寸
前の小劇団「シアターフラッグ」に、鉄血宰相が救世主として乗
り込んで来た。普通のビジネス感覚を持つその鉄血宰相は、劇
団運営のコストカッターとして活躍する。舞台セットにお金をか
けないために、その演目は「掃き溜めトレジャー」だ。あばら家
が舞台であれば、ゴミを並べておけばよい。演じることができれ
ば満足という劇団員も、その場(=劇団)がなくなってしまうと困
るので、負債3百万円返済のための全員参加のプロジェクトが
開始する。
9

あの頃の誰か 東野圭吾氏 「仝」という漢字を作者も知らなかったのではないかと思う。れっ
きとした漢字であり、例えば、中国唐代の文人・学者の盧仝(ろ
どう) は有名らしい−「同」の異形文字である。「同額」=「仝額」
であり、≠「全額」である。”シャレードがいっぱい”という短編の
中で、これをネタに使っている。ちなみに、シャレードとは言葉あ
て遊び、ジェスチャーゲームである。誰かと同額を譲るのと、全
額を譲るのでは大違いだ。ちょっとしたヒントからストーリーを組
み上げる作家の力量に驚いてしまう。
8

予知夢 東野圭吾氏 理系出身の筆者は収録されている5編の短編のうち、4篇に物
理学の要素を取り込んでいる。「霊視る(みえる)」では音響器
具がシリコンスプレーに弱く、ガリという現象を見せること。「騒
霊ぐ(さわぐ)」では固有振動数と共振現象。「絞殺る(しめる)」
では高密度ポリエチレンから成るアーチェリーの弦。「予知る(し
る)」では電圧によって粘性の変わるER流体。幅広く情報収集
をしながら、物語を作り上げていく。知らないことを知るのは面白
い。
7
UFO通り 島田荘司氏 「UFO通り」と「傘を折る女」の二編の名探偵・御手洗潔シリー
ズを収録している。前者は宇宙人の話で、後者は不可解な殺人
の話。前者は宇宙人に見えなくもない実際の蜂駆除業者からの
連想。後者も実際に起こったハムスターによるアナフィラキシー
ショックからの連想。いずれも作家ならではの着想だし、連想だ
し、空想だが、やや無理やりの感じがしてしまう。
6

眠りの森 東野圭吾氏 バレエ団を舞台にした物語だ。華やかな舞台の裏には哀しいダ
ンサー達がいる。強引なダイエットを行い、その肉体を維持して
いくのは脅迫的でさえある。そんなストレスフルな環境で、その
人間関係も複雑となる。バレエ団におけるバレエマスターとバレ
リーナは固定的な関係となる(そこが、映画とは異なる)。タイト
ルは、チャイコフスキー作曲の「眠りの森の美女」を示唆するも
のだ。彼にとって、「白鳥の湖」に続く二作目のバレエ音楽らし
い。
5

ダイイング・アイ 東野圭吾氏 気持ち悪い。「ダイイング・アイ」という表題だけではその気持ち
悪さは伝わらないが、それは『許さない、恨み抜いてやる。』と
いう死にゆく人の眼だ。交通事故で最愛の妻を失った彼は、復
讐を企てる。しかし、壊れてしまったのは彼だけではなかった。
その交通事故に絡む人々の人間模様を巧みに描き、気持ち悪
さを演出する−それは、やはり「ダイイング・アイ」である。
4

小村寿太郎とそ
の時代
岡崎久彦氏 明治35年(1902年)、桂内閣の外務大臣だった小村氏は日英
同盟を積極的に主張して、その締結に持ち込んだ。日露戦争後
の明治38年、ポーツマス会議日本全権としてロシア側の全権ウ
ィッテと交渉し、ポーツマス条約を調印。韓国併合にも関わり、
一貫して日本の大陸政策を進めた。−戦争のことはよく知らな
い。でも、知らないではいけないんだろうと思う。日露戦争でも1
0万人に近い日本人が死んでいる。
3

イノベーションの
ジレンマ
クレイトン・
クリステンセ
ン氏
帯広告には、ソニーの出井会長の『変革の時代、過去の成功
体験こそが企業自己変革の足枷となる。この困難を克服するた
めのヒントがここにある』という言葉が紹介されている。また、副
題には「技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」とある。顧客(ニー
ズ)だけを見ていては判断を誤ることがある−というのは示唆に
富む指摘である。技術革新に対して、顧客は無知である。ただ
し、多くの顧客がそのメリットに気づいたとき、一気に市場は塗
り変わる。 
2

黒笑小説 東野圭吾氏 東野圭吾氏の”お遊び”(?)である13の短編が収載されてい
る。ついでに言うと、巻末の解説は奥田英朗氏の”お遊び
(?)”である。寒川先生のキャリアは長いが文学賞の受賞歴は
ない。賞をもらうために小説を書いているわけではないと言いな
がらも賞が欲しい。一方で、出版社の担当は売れないと思って
いる。そんな寒川先生はなんだか哀れな存在である。解説で、
奥田氏は寒川先生は”明日の東野圭吾か奥田英朗かもしれな
い”と言い切る。
1

<2010年>


農村の幸せ、都
会の幸せ
家族・食・暮らし
徳野貞雄氏 『朝早くから田んぼに出て水を見回り ・・・略・・・ 日本の伝統
的家屋には風通しがよくて涼しいポイントがありますから、そこ
に寝転がって昼寝をする。休日には近くの川で魚を採ったりす
る。こんな暮らし方が個人としては理想的なのかもしれませ
ん。』と筆者の農村社会学者(熊本大学教授))は言う。ムラとマ
チの暮らし方についてどんな深い考察がなされているのかと思
って、読んでみたが、残念ながらムラ中心の紹介であった。新し
いムラ作りのために頑張っている人がいるという応援歌。
22

白銀ジャック 東野圭吾氏 ミステリーであるような、サスペンスであるようなちょっと中途半
端な印象は拭えない。主人公が明確には設定されていないこと
もその要因のひとつかもしれない。「ゲレンデの下に爆弾が埋ま
っている−」というところから話は展開していく。昨今のスキー場
経営は苦しいようだ。しかも、スキー場はいったん作ると止める
場合は現状復帰の義務があるようだ。もしかしたら、止めるに
やめられない経営者は実際に、いろんなことを考えているのか
もしれない。
21


サウスバウンド
(上・下)
奥田英朗氏 『大傑作ビルドゥングズロマン』と宣伝してある。ドイツ語の
Bildungsromanであり、「教養小説」と訳されるらしい。「教養小
説」と言われてもピンとこないが、最初は子どもだった主人公
が、周囲の人々との関わりの中で、だんだん大人になっていく
話のようだ。元過激派の父と母を持つ主人公が、西表島での生
活の中で、国家とか、私有財産とか、競争とか・・・いまどきの
言葉だと、ワークライフバランスとか、そんなことを学んでいく。
19
20


最後の一球 島田荘司氏 ある意味での、密室犯罪ということなのだろう。一人の天才打
者と、生涯二流で終わった投手の物語。天才打者が悪徳金融
業者に悩まされ、それを知った二流打者が我がことのように悩
む。社会問題の告発と”二人の熱い絆”がテーマであり、放火と
いう犯罪はおまけである。社会問題と野球と犯罪を多少強引な
ところはありながらも、くっつけて物語にしてしまうところがスゴ
いし、面白い。
18

邪魔(上・下) 奥田英朗氏 帯広告には、『面白すぎて、眠れない!』とあるものの、誇大広
告の感は否めない。『レールのないジェットコースターのような宙
吊りの失踪感』を得るためには、発散しがちな展開を絞った方
がよいような気がするし、『日本一、普通の人の気持ちがわかる
作家』というのであれば、主人公は警察官ではない方がいいよ
うな気がする。『わずかな契機で変貌していく人間たち』はまさ
にその通りだと思うし、ぞっとさせられる。
16
17

最悪 奥田英朗氏 群像劇というらしい。複数の登場人物が集団で織り成す物語で
ある。事件ありきではない。それぞれの個性が、それぞれに”生
きて”いる。ここでは、町工場の社長と、銀行のOLと、チンピラ
の三人である。それぞれに悩みがあり、それをなんとかしようと
一生懸命だ。彼らの人生が接点を持ったとき、それは交点とな
り、その”集団”の運命は加速度をつけて転がり始める。そし
て、破局を迎えて、それぞれの、別々の新しい人生を歩みだ
す。帯広告には、クライムノベルとあるが、とても切ない物語で
ある。
15


使命と魂のリミッ
東野圭吾氏 心優しい”普通の”人が復讐を企てる。”普通の”人であるが故
に、復讐に他人を巻き込むことを嫌う、というよりも拒絶する。そ
のために、小細工を施すが、この小細工がメインキャラクターの
一人である研修医の疑念を増幅させる。教授に対するこの疑念
を払拭することができたのは、教授の使命感であり、それは亡
き父の「人間というのは、その人にしか果たせない使命というも
のを持っているものなんだ」という口癖に重なるものだった。例
によって、伏線の張り方が巧い。
14


町長選挙 奥田英朗氏 「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」に引き続いて、再び精神科医
の伊良部先生が登場する。表題となっている『町長選挙』では、
小さな島を二分して争われる4年に一度の”お祭り”に伊良部が
巻き込まれる。その島では選挙は”お祭り”であり、過剰の蕩尽
の儀式である。そして、次の4年間は平穏な日々・・・どっちが当
選しても大して変わらないとすれば、それを決める段階で楽しも
うじゃないか、そんなことを思ったかどうかも定かではないが、い
つものように何も考えていないフリをしながら伊良部が活躍す
る。
13


空中ブランコ 奥田英朗氏 「イン・ザ・プール」に引き続いて、精神科医の伊良部先生が登
場する。風貌は、ほんじゃまかの石ちゃんって感じだろうか。精
神年齢は5歳児。小学生以下である。自由気ままに生きる伊良
部先生は、精神に障害を抱えた患者たちを治癒していく。治そう
と思っているのか否かも定かではないが、そのうち治ってしま
う。伊良部先生の感情記述が一切ないのも素敵な演出である。
12


赤い指 東野圭吾氏 平凡な家庭に起きた悲劇。ありえない話ながらも、ありえるか
も、と思わせるところがスゴイ。痴呆老人の哀しい境遇が印象
的だ。ひきこもりの甘ったれた子供に育ててしまったその親の
葛藤は読んでいると辛くなる。子供と老人−二つの現代社会が
抱える問題に一石を投じる哀しい物語だ。赤い指の赤色は口
紅の赤色。それが事件を解く鍵となる。
11

イン・ザ・プール 奥田英朗氏 「家日和」が面白かったので、同じ著者の本を読んでみた。とに
かく設定が面白い。精神科の医師がキーとなる登場人物なが
ら、彼の内面は一切わからない。言動と行動は描写される一方
で、内面記述は一切ない。悩み多き現代人が彼のところを訪ね
てくる。そして、彼の言動を通して、その悩みを解決していく。基
本的に薬物は使用しない。治療方針なんてわからない。カウン
セリングなんてしないが、彼は次々と患者を治療していく。
10


家日和 奥田英朗氏 単純に面白い。どこにでもあるような家庭の、どこにでもあるよう
な話を、少しおかしく、暖かく綴っている。短編集の中のひとつ、
インターネットオークションに嵌ってしまった主婦の話もラストが
素敵だ。夫の宝物をいきおいで出展してしまい、取り消しができ
なくなった・・・いいじゃんこのくらいと思う一方で、申し訳ないと
思いつつ、その葛藤をおかしく表現し、最後は”平和に”終わ
る。
9

告白 湊かなえ氏 著者は1973年生まれ。赤川次郎氏の作品を読み込んでいる
らしい。読みやすさと、ストーリー性は二重丸である。テーマは
「復讐」。昔、なにかの本で、「忘却に勝る復讐はない」というフ
レーズに出会ったことを思い出した。これは”攻撃”を受けたとき
に、反撃するのではなく無視する作戦だが、本書で設定されて
いる、子供が殺されてしまった状況には当てはまらない。怖ろし
げなことを次々によく思いつくものだ、と妙な感心をした。
8

英国流シンプル
生活術
出口保夫氏 銀座コージー・コーナーという洋菓子屋さんのホームページで
は、Cosy Corner=「憩いの場所」とある。筆者はこれを「快い
片隅」とし、イギリスのリビングルームの「温かくて快い」感じを
意味するという。また、18世紀のロマン主義詩人であるワーズ
ワースの、『今日いちにちぼんやりと過ごそう』というフレーズを
引用し、自然と一体化したシンプルな生活を人間らしい生活とし
ている。自然への畏敬をもっとも大切な心としている。我々現代
人の忘れてしまっている感覚かもしれない。
7
英国式スローライ
フのすすめ
大原照子氏 渡辺幸一氏の著作に引き続いてのイギリスに関する本だ。タイ
トルのみに魅かれ、帯広告の、「英国の老人たちの日常と
は?」には購入したあとで気づいた。英国滞在経験豊富な著者
(1929年生まれ!)がイギリスの魅力を綴っている。「ゆったり暮
らす」ことの素晴らしさを綴っているが、”老後”の話であり、”引
退後”の話である。参考にはなるものの、もう少し先のことかな、
と思わざるを得ない(=思いたい)。
6

イギリス流「融通
無碍」のススメ
渡辺幸一氏 イギリスという国に興味がある。人口約6千万人、国土は24万
平方kmでいずれも日本の6割程度だ。ついでにGDPも日本の
6割程度。国際社会の中で妙な存在感がある一方で、モノづくり
の世界からは縁遠い。著者によると、イギリス人は物事の捉え
方が自在であり、固定的な解釈に執着しない、と言う。この世界
大不況の中で、"back to basics"を唱え、今こそ、イギリス人が
基本に戻るよい機会だとのイギリスの識者が多いと言う。イギリ
スという国をもっと知りたい。
5


スローライフのた
めに「しないこと」
辻 信一氏 「セレンディピティの探求」という学術書の著者である片井修氏
も興味と関心を持っている『べてるの家』がこの本にも登場す
る。そこでは、「する」から「しない」、「する」から「いる」あるいは
「なる」へ、という反転症状が起こってくる。効率と競争に振り回
されてきたこれまでの人生に代わる、新しい人生への入口にな
るといい、と辻氏は言う。”あなたと時間が仲直りする”とは、な
んと魅惑的なコピーだろう。
4

目に見えない資
本主義
田坂広志氏 これから「目に見えない価値」を重視する社会がやってくる。そ
して、日本型資本主義が復活する、と説く。知識→関係→信頼
→評判→文化という”資本”が重要になるという。「無限の成長」
を前提とした経済から、「有限の成長」を前提とした経済への転
換が求められる中で、「もったいない」という文化を有し、「おもて
なし」という文化を持つ日本が復活する。「おもてなし」は「主客
一体」「一期一会」の思想を根底に持ち、「主客分離」「関係構
築」を前提とした欧米の「サービス」とは全く異質のものだとい
う。
3
寝ながら学べる
構造主義
内田樹氏 「構造主義」を辞書で引くと、『ソシュールの言語理論の影響の
もとで諸現象を記号の体系としてとらえ、規則・関係などの構造
分析を重視する。』とあるが、さっぱり分からない。その構造主
義の始祖としてソシュールを,四銃士としてフーコー、バルト、レ
ヴィ=ストロース、ラカンを取り上げて、それぞれの主張を簡潔
に紹介している。筆者によれば、フーコーは「私はバカが嫌い
だ」と言っており、バルトは「ことばづかいで人は決まる」と言
い、レヴィ=ストロースは要するに「みんな仲良くしようね」と論
じ、ラカンは「大人になれよ」と主張しているという。やっぱりよく
わからない。寝ながらでは学べない。
2

ザ・プリンシパル 吉田繁治氏 ウォルマートの成功物語。1945年に、数百万円の資本で1店舗
からスタートしたウォルマートは今や、年間30兆円を越える売上
を誇る。創業者であるサム・ウォルトンはが実践した「会社が1ド
ルをムダに支出するたびに、お客様のポケットに直接響くことを
知れ」などの経営原則を筆者が100に編纂。常に、お客様満足
を考え、常に、改善を考えていたサムの姿勢は興味深い。多く
の国内小売業が喘ぐ中、参考になる部分も多いのではないかと
思う。
1

<2009年> 



企業ドメインの戦
略論
榊原清則氏 「ドメイン」を英語の辞書で調べると、『領地、領域、定義域』など
とある。経営論で使われる場合、事業ドメインであることが多い
だろう。どのような顧客に、どういう付加価値をどのような技術を
使って提供するか、を定義する。アメリカの鉄道会社は自らのド
メインを「鉄道」に限定したため、時代の要請に応えられなくなっ
たという。「鉄道」ではなく、「モノ運び」と定義していれば経営判
断も変わっていたのではないかという。なかなか面白い考察
だ。
14

ものつくり敗戦 木村英紀氏 日本の技術が苦手とするものを「理論」「システム」「ソフトウェ
ア」とし、これらが三位一体となって現代技術の流れを支配して
いる中で、日本の未来は暗いと断ずる。自然科学に基礎を持た
ない横幹科学を重視する科学技術立国を目指すべきだという。
知の統合と「ものつくり」ではない「コトつくり」を提唱している。こ
の中で、『匠』の呪縛から逃れることを説く。たしかに、『技』とか
『匠』とか大好きな国民なのかもしれない。
13
クラウド化する世
ニコラス・カ
ー氏
工業動力の変遷をメタファーとして、今のネットワークコンピュー
ティングの未来を描く。個人所有の水車は蒸気機関、発電機と”
進化”してきたが、今では巨大な発電所で生成される電気は水
や空気と同じような存在になっている。ネットワークで接続され
たコンピュータも近い将来、コモディティ(≒当たり前の存在)に
なるのではないかと筆者は言う。ただし、その姿はまだ誰にも
わからない。
12

トヨタ販売方式 石坂芳男氏 トヨタといえば、その生産方式で有名だが、ここまで販売台数を
伸ばしてきたのは、販売にも確固たるトヨタウェイがあるからだ
そうだ。販売とマーケティングに携わり、海外部門統括担当副
社長を務めた著者が語る。「知恵と改善」「人間性尊重」を二本
の基本的理念とし、その哲学は5P(Purpose,People,Principles,
Process,Practices)で構成される。日本的なのは「ハーモニー
の3C」(Communication,Consideration,Cooperation)かもしれ
ない。
11

トヨタの知識創造
経営
大薗恵美氏 原書のタイトルは、「ExtremeTOYOTA」である。直訳すると、「す
んばらしいトヨタ」ということになるが日本版出版に当たってはお
堅いタイトルになってしまった。共著者である竹内弘高氏によれ
ば、タイトルは出版社が決めるそうだ。抵抗した結果、副題に
「矛盾と衝突の経営モデル」を付けてもらったという。ドラッガー
を信奉するユニクロの柳井氏も言っている。「企業経営は矛盾
の解決です」。本書では対立軸をうまく経営に取り入れている様
を解説する。
10

終末のフール 伊坂幸太郎
帯広告は魅力的である。『世界が終わるその前に今日、あなた
は何をしますか?』 8年後に小惑星が地球に衝突し、人類が
滅亡するという破滅のストーリーが設定されている。キューブラ
ーロスの言う”死の過程”:「否認」→「怒り」→「取引」→「抑鬱」
→「受容」のいずれの段階もドラマとなる。これを仙台のヒルズタ
ウンという小さなコミュニティで表現している。重いテーマながら
も筆致は軽く、実は中身も薄っぺらかもしれない。
9


ITにお金を使うの
は、もうやめなさ
ニコラス・カ
ー氏
原書のタイトルは、「DOES IT MATTER? Information
Technology and theCorrosionof Competitive Advantage」。直
訳すると、「ITって重要なの? 情報技術と競争優位性の磨耗」
って感じかしらん。水道やガスや電気のように、ITも社会インフ
ラとなっていく。すると、それはあって当たり前のものであり、そ
こには企業競争力の源泉はないと断ずる。面白いアナロジー
だ。ITもコモディティになっていくのが自然な流れであり、社会の
利益だと思う。
8

ルパンの消息 横山秀夫氏 連日、「プ、プ、プ、プ〜ン」という時報とともに、多くの時効が成
立しているのだろう。警察にとっては哀しい音色であり、真犯人
にとっては快感かもしれない。ただし、強盗の刑事事件としての
公訴時効は7年だが、民事の時効は20年。公訴時効後に真犯
人が明らかになった場合、長期に渡る利息を含めて、損害賠償
請求が来る可能性が高いのだという。強盗犯は民事の時効の
時報を聞いたとき、本当の快感なのかもしれない。そんな背景
を持つ物語だ。
7
にぎやかな天地
(上・下)
宮本輝氏 随分と読むのに時間がかかってしまったが、久々に宮本作品を
読んだ。帯広告には「身近で壮大な人間讃歌」とある。効率性
ばかりを重視する現代社会からちょっと身を引き、限定豪華本を
製作する主人公。そのテーマは”発酵”だ。”発酵”は、時間が
かかるし、時間をかけなければならない。これは現代社会にお
いてはネガティブ要素だ。ファストフードという言葉が廃れ、スロ
ーライフ全盛の時代がすぐそこまで来ているような気がする。
5
"

会社人間だった
父と偽装請負だっ
た僕

―さようならニッポン
株式会社
赤澤竜也氏 1996年旧大和銀行は米国市場からの撤退を余儀なくされた。
かの有名な井口俊英氏による巨額損失隠蔽事件がその原因
だ。井口氏の手記によると、その発覚の数年前に銀行上層部
に告白しようとしていたらしい−その相手が赤澤竜也氏の父親
(当時、大和銀行専務取締役)だという。その赤澤氏は会議中
に倒れて亡くなってしまったのだ。会社人間だった父親の生き
様に反発すれど、父親を思う気持ちが伝わってくる。職を転々と
してきたその息子が今後、どのような生き様を見せてくれるの
か、興味がなくはない。
4


フロー体験とグッ
ドビジネ ス−仕
事といきがい
M.チクセン
トミハイ氏
”自分がすることを楽しむことなく、ビジネスにおけるリーダーと
して生き残ることは不可能である”と言うチクセントミハイ氏は、
人々が深い楽しみの感覚を感じるときの体験を「フロー」と名づ
けた。日本語では、”没頭”という表現が近いかもしれない。”没
頭”するための必要条件のひとつは、目標が明確であることだ
と指摘している。さらに、チャレンジとスキルがともに高く互いに
釣り合っているときに起こるとしている。多くのインタビューを通
じて、得られた考察は頷けるところが多い。
3

グローバル恐慌 浜矩子氏 恐慌はある意味、経済活動の自己浄化作用がもたらすものと
言う。”これ以上は膨らむことが出来なくて、これ以上は歪むこと
が出来ないところまで歪んだ経済活動が、過激に自己矯正に
出る。その勢いに圧殺されて、経済活動は急激に縮む。” これ
に対する愚策の最たるものが経済統制だと言う。事の発端とな
ったサブライムローンを”飲み屋の福袋”とわかりやすく説明しな
がら、モノとカネの別行動の危険性を説く。本書の副題は、金融
暴走時代の果てに−である。
2
容疑者Xの献身 東野圭吾氏 容疑者Xは高校の数学教師で、試験問題を作るときに、”思い
込みによる盲点をつく”。幾何の問題に見せかけて、実は関数
の問題を作るのだと言う。その数学の教師が完全犯罪を試み
る。そのシナリオの原点は、思い込みによる盲点をつく、だ。日
常生活でも様々な思い込みをしているのだと思う。自分の目や
耳で実際に確認したものでない場合はさらにそうだ。情報操作
で誘導されているかと思うとチト恐ろしい。
1

<2008年> 



部下は取り替えて
も、変わらない
藤本篤志氏 マネジメントの本質について、筆者は「組織は機能」を重視すべ
きで、「組織は人」を優先的に考えてはダメだと言う。成長性と
安定性を求められる会社の組織作りにおいては、「人」を重視し
てはダメだと断言する。確かにその通りだという気がする。「人」
への依存性を許容したとたんに、世のマネージャーは一斉
に、”部下を取り替えてくれれば、”と言い訳をするはずだ。た
だ、会社内のすべての組織に当てはまるかというとそうではな
いだろう。業務プロセスが固定的でない職種においては、組織
のパフォーマスはやはり「人」に依存してしまうところが多い気
がする。
15


さまよう刃 東野圭吾氏 久々に東野圭吾氏の作品を読んだら、やっぱり、面白い! 少
年犯罪をテーマにした重くて哀しい話だ。一人娘の復讐に燃え
る中年男と、その違法性を知りながらも支える人、一方で、法を
守る立場でありながらも本心は揺れ動く警察官達。現代の法治
国家では許されないリベンジであることはわかっていても、”応
援”したくなる。その線引きは難しいが、16歳以上は成人と同
じ法で裁くべきだろうと思ってしまう。
14

チーム・バチスタ
の栄光(上・下)
海堂尊氏 作者は現役のお医者さんだ。完全密室である手術室を舞台に
したミステリーで、メディカル・エンターテインメントというらしい。
「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2008年2月に映
画化された後に、同年10月テレビドラマ化された。細部にわた
る迫真の描写は現役の医師ならではのものであり、知らない世
界を垣間見ることのできる楽しさがある。医師として感じている
現代医療現場における課題を作品中の登場人物に言わせ、エ
ンターテインメントの形をとりながらも世に問いかけているよう
だ。
13
12

話を聞かない男、
地図が読めない
―男脳・女脳が
「謎」を解く
アランピー
ズ氏バーバ
ラ ピーズ氏
”「男と女はちがうという単純な事実」は科学者、人類学者、社
会生物学者には常識でありながら、あえて世間には知らせてこ
なかった。”と気持ちよく言い切る。脳の作りに様々な違いが明
らかになっているという。例えば、男は一般的に空間能力(右
脳)に優れ、女は右脳と左脳の接続に優れている。よって、女
は地図を読むのが苦手で、男は一度に複数のことをやるのが
苦手だという。興味深い面もある一方で、だから何?と思わざる
を得ないところもある。
11

八甲田山 死の
彷徨
新田次郎氏 昔、昔、読んだことがあるような気がするが、合宿研修の題材
だったのであらためて読んでみた。日露戦争の前に実際に行
われた厳冬期の山岳訓練模様。成功した弘前31連隊と、失敗
した青森5連隊。成功と失敗の間にあるものは何だったのか?
 失敗の原因とされている指揮系統の乱れに至る経緯・背景を
考えると奥が深い。なぜ、中隊長がいながら、大隊長が指揮を
とることになったのか? これを大隊長のせいにするのは表層
的な見方かもしれない。
10

瞑想脳を拓く 井上ウィマラ
氏&有田秀
穂氏
医学者の有田氏によれば、心の動きを司る三つの神経がある
らしい。「セロトニン(ハピネス)」「ドーパミン(快楽)」及び「ノルア
ドレナリン」(ストレス)だ。快楽だけでは幸福はない。ストレスの
ない生活はあり得ない中で、セロトニン神経が危機管理センタ
ー的な役割を担う。座禅や瞑想といった修行の中で、この神経
は”強く”なることが科学的に実証されているらしい。仏教家と科
学者の対話は興味深い。
9
最後の授業
ぼくの命があるうちに
ランディ・パ
ウシュ
著者はカーネギーメロン大学のコンピュータサイエンスの教授だ
った。すい臓ガンで余命半年と告知された後、『最後の授業』を
行った。三人の子供の父親である彼は、親の仕事を”子供が人
生を楽しめるように励まし、子供が自分の夢を追いかけるように
駆り立てることだ”と言い、やるべきことは”子供が自分なりに夢
を実現する方法をみつけるために、助けてやることだ”と言う。さ
ぞかし、無念であっただろう。
8
ソニー知られざる
成長物語

先駆者を支えた男が
語る<経営の原点>
佐野角夫氏 「財務的なリスクだけを考えてあきらめるというなら、これまで挑
戦を続けてきたソニーという社名はもう変えた方がいい」とソニ
ー創業者のひとりである盛田氏は語ったと言う。コロンビア映画
を買収する際の反対論者に対しての言葉らしい。筆者は元ソニ
ー常務で長らく盛田氏の経営を財務面から支えてきた。内容的
には、個人史の色合いが濃く、ソニーの<経営の原点>とは誇
大である。
7
「いい人」をやめ
る男の成功哲学
弘兼憲史氏 ”弱みを笑って話せる人間の大きさ、手ごわさを知れ”とのメッセ
ージがある。ハゲ頭で堂々としている男が、こっそりカツラをして
いる男に言う、”髪があって羨ましいね” この局面で、おもむろ
にカツラを取り、ニヤリを微笑むことができれば、コンプレックス
から一気に解放されると言う。筆者は、普通の人が普通に生き
ている様が窮屈でしょうがないようだ。窮屈さを感じているなら、
我慢するな(=「いい人」をやめろ)、というのが根底にある主張
だ。果たして、「わるい人」ばかりだと逆に疲れちゃわないか−
6

オプティミストはな
ぜ成功するのか
マーティン・
セリグマン
20年近く前に出版された心理学のベストセラー。うつ病が増加
している原因を、「自己の評価の増大」と「社会共通の認識の衰
退」とする。そこから抜け出すために、「個人主義と共通の認識
のバランスを変え」、「強くなった自己の力を利用しろ」と説く。後
者を補佐するものとして、「楽観主義」を提唱している。この楽観
主義は学習すれば身につけることができるという。ちなみに、仕
事の上では、慎重を期する適度の悲観主義が長所となる分野
があることは指摘されている。いけいけドンドンばかりではダメ
だってことだ(当たり前だが)。
5
地頭力を鍛える 細谷功氏 「フェルミ推定」というロジカルシンキングの方法を紹介しなが
ら、地頭力の本質を「結論から」、「全体から」、「単純に」という
キーワードで説明する。「フェルミ推定」の例題としては、”日本
中に電柱は何本あるか?” これに短時間(例えば、3分)でお
およその答えを出すのだ。おおよそ、というのがポイントで、だ
いたい合っていればよい。これはトレーニングで上達すると言
う。この思考過程をうまく説明する力も合わせて重要だと思う。
4
デッドライン仕事
吉越浩一郎
トリンプという下着販売会社を19年連続で増収・増益に導いた
吉越氏。その極意は、”すべての仕事に「締切日」を入れる”と
いうことらしい。この結果、「残業ゼロ」を達成したというから素
晴らしい。ただ、すべての”仕事”で同じように適用できるかとい
うとそうではないだろう。受注生産のような顧客の直接の我侭を
聞かなければならない仕事では難しいのではないかと思ったり
する。だからって、諦めてはいけないが。
3
電通「鬼十則」 植田正也氏 電通の四代目社長の吉田秀雄氏。彼が残した「鬼十則」の紹
介本である。その1「仕事は自ら『創る』可べきで与えられる可
べきではない」とか、その2「仕事とは、先手先手と『働き掛け』
て行くことで受け身でやるものではない」とか、仕事の原理・原
則を説いたバイブルとして多くの人に支持されているらしい。”
二十一世紀に通ずるビジネスの原理原則を伝える教典”である
と紹介する筆者の気合ばかりが感じられ、吉田氏の本当の思
いはよくわからないところがある。
2

会社のしくみは変
えられますか?
鈴木貴博氏 コンピュータ同士の繋がり方には、大別してスレイブ接続、クラ
イアント接続、ピアツーピア接続の3つがある。これを会社対会
社、あるいは、上司対部下という人間の世界の話に展開してい
るところが面白い。上司がサービスを提供するサーバントであ
り、部下はそれを利用するクライアントとし、その上で上司がリ
ーディングを行うカタチをサーバント・リーダシップと言う。上司
は、昔のような絶対君主的なホストではないし、なり得ないこと
の裏返しでもある。
1

<2007年>



都市のトパーズ2
007
島田荘司氏 物語としては奇天烈だ。題名にあるトパーズは虎である。それ
は、野生の象徴として現れる。「魂の致命的な敵は、筋肉の弛
緩だ」と言い切り、東京を「無味乾燥の四角いコンクリートジャン
グル」と批判し、都市のサラリーマンの通勤を「屈辱の行進に合
流する」と表現する。”人は、国は、変わることができる、もう遅
い、ということは決してない”(解説文)−なんとかしなければ、
という思いと、なんとかしてよ、という思いが交錯する。
25
シュガータイム 小川洋子氏 林真理子氏の解説が興味深い。『「砂糖菓子みたいにもろいか
ら余計にいとおしくて、でも独り占めにしすぎると胸が苦しくなる
の。わたしたちが一緒に過ごした時間って、そういう種類のもの
じゃないかな」という締めくくりは、あきらかに余計である』と断言
する。このハッキリしたモノ言いは小気味好い。過食症の女性
の話である。ただし、なぜ、過食症なのかはわからない。
24

パンツを脱いだサ
栗本慎一郎
1981年の「パンツをはいたサル」、1988年の「パンツを捨てる
サル」に続く完結編。道具、言語、民族、宗教、国家という「パン
ツ」をはき、組織、攻撃、拡大、建設を快感とし、これを統合する
「救済思想(メシアニズム)」というスキームの中で、我々は「パ
ンツをはいたという原罪」を根本から反省しなければならないと
説く。「パンツ」ではない暗黙知を生きる指針にせよ(=自然の
声を聴け)、とする。その考えはあまりにも深い。歴史書であり、
哲学書である。
23

発火点 真保裕一氏 何度も手にして、何度も途中になっていたこの本をようやく読み
きった。「ホワイトアウト」の作者である真保氏の作品であり、壮
大なスケールのサスペンスがいつ始まるかと期待していたが、
あくまで”純文学的な”心理戦である。父親を父親の友人に殺さ
れてしまった息子が、自らの生き方に踏ん切りを付けるために、
その真相を探る−自己発見の旅である。全編を流れる雰囲気
は重くて暗いが、最後まで辿りつくと圧倒感がある。
22
「ひきこもり国家」
日本
高城剛氏 「グローバリゼーション」を大きな波と捉え、日本の危うさを論ず
る。国に期待することはできないので個人レベルでのサバイバ
ル術が大切と説く。@東京、日本を捨てて次を考えろ、AEU英
語をマスターせよ、B財産を分散し、リスクをヘッジせよ、C2つ
以上の職業的専門領域を持て、と言う。いずれも強者の論理で
ある感は否めない。強いものがさらに強くなるだけの世界は破
滅への序章ではないか−
21
純個人的小泉純
一郎論
栗本慎一郎
栗本慎一郎氏の著作で有名なのは、「パンツをはいたサル」だ
ろう。初版は1981年だ。もう25年以上も昔になる。過剰・蕩尽
理論を唱え、文化人類学の枠を超えて、生命について本格的に
研究していたが、1999年に脳梗塞で倒れてから、あまり本を
出版しなくなった。栗本氏は小泉元首相と慶大の同級生だった
らしい−”しかしながら、小泉の頭の中には本当に何もないので
ある。”と本書でバッサリ切り捨てる。個人的恨みか、国家的憂
いか、その判断は難しい。
20
ブルータスの心臓 東野圭吾氏 「ブルータス」はカエサルを暗殺したブルータスを連想させる。裏
切り者の代名詞である。とは言え、ここでは人間ではない。完璧
に作られた産業用の組立てロボットである。ロボットはプログラ
ムされた通りにしか動作しないので、通常は”裏切り”などでき
ない。が、人間がコントローラーを使って、操作すれば話は別で
ある。大阪→名古屋→東京を結ぶ完全犯罪殺人リレーに、産
業用ロボットが絡んで物語は展開する。
19

時計王〜セイコー王
国を築いた男
若山三郎氏 服部金太郎氏は1860年に生まれ、14歳から時計の修繕販
売に従事。 21歳で、独立して服部時計店を開業し、32歳で精
工舎をおこし、時計の製造に着手。震災などの苦難を乗り越
え、欧米の技術を学び国産時計製造業の発展に尽くした。”入
るを量りて出ずるを制す”に徹したと言う。また、「一人一業主
義」を守り、終始時計事業に専念した。「時計王」と言われる所
以である。70歳のとき、私財を投じて財団法人服部報公会を設
立し、80年の時を経て、その団体は今も継続活動している。
18
会社法入門 神田秀樹氏 東京大学大学院教授によるマジメな会社法についての解説
書。2006年5月に施行された「会社法」に関して、膨大な量の
条文を新しい平仮名口語体で書き上げた仕事を評価する一方
で、日本語として読むことだけでは、実際のイメージが掴みにく
いし、その内容もよく理解できない、と言う。この法律は、今後も
IT対応と資本市場対応を続けながら進化することになるらしい。
お金儲けはルールに従って、公平かつ透明に行いなさい、とい
うことなのだろう。
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禅的生活 玄侑宗久氏 正直、ほとんど理解できない。思索の世界である。『風吹けども
動ぜず天辺の月、雪圧せども摧け難し澗底の松』 八風(利衰・
毀誉・称譏・苦楽)という揺らぎ易いアプローチにも動ぜず、外的
な困難としての雪にも屈せずに、自分の仕事に主人公として自
信をもってあたる。しかも地域に根をおろしてそこから深く滋養を
いただきながら松のように淡々と生きる。これが禅的な志だそう
だ。『安心立命(あんじんりゅうみょう)』 自分の受け容れた現
実を「天命」と捉え、言祝ぐ(ことほぐ)。
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レイクサイド 東野圭吾氏 とある田舎の湖畔での物語。中学受験の勉強合宿に参加して
いる4組の親子。子供達は勉強に勤しみ、親たちはそれを見守
りながら、テニスなどをして過ごす。そんな中で殺人事件が発
生。子供達の将来を危惧することで妙な団結心が生まれ、奇妙
な行動をとることになる。”あり得ない”と思いつつも、もしかした
ら”あるかもしれない”と思わせるところが作者の旨さなのだろ
う。「俺たちの魂はこの湖畔から離れられないんだ」という重い
言葉に、「わかっている」と応じるのもまた重い。
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深追い 横山秀夫氏 「三ツ鐘署」を舞台にした7つの短編小説。「人ごと」と題された
50ページにも満たない作品は、警察官ではない警察署勤務の
花好きの男性が主人公だ。ひょんなことから独居老人との”浅
い”付き合いが始まり、お金がなくて可哀想との当初の思いは
裏切られることになる。お金はあるけど可哀想なのだ。長編小
説とすることも充分可能な題材だし、テーマだとは思うが、惜し
げもなく短編で済ませてしまう作者はやっぱりスゴいんだと思
う。
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日銀券(上・下) 幸田真音氏 ”個人の私的利益をめざす投資行為が、神の「見えざる手」に導
かれて、社会の利益を促進する。健全な市場は国富を生み出
す”−アダムスミスの『国富論』は健全な市場がベースにある。
昨今、市場は健全ではないらしい。日銀による様々な”オペ”が
行われている。その意味するところは難しくて理解を超えるとこ
ろがあるが、国際金融業界に長く身を置いていた著者ならで
は、の作品である。一生懸命で、かつ、妖艶な主人公(日銀副
総裁)が素敵だ。
13
12
太陽の塔 森見登美彦
日本ファンタジーノベル大賞受賞作。”私は思わず彼を亀甲縛り
に縛り上げてこのパティオに転がしておきなたくなったが、亀甲
縛りのやり方を知らない。”といった言い回しは、ウケを狙った
学生の作文ぽくってあまり好きではない。泥臭い学生生活が妄
想入りで綴られている。ファンタジーというよりは、日記といった
方がいいかもしれない。平凡な学生生活の中で、非凡な万博公
園「太陽の塔」にあこがれる、そんな主人公の物語だ。
11

がんから始まる 岸本葉子氏 常日頃から食事に気をつけ、健康に気を遣っていた筆者は40
歳の若さで突然、がん宣告を受けた。がん宣告から入院、手術
を経て、再発抑止・防止を考えながら生活する筆者の姿がここ
にある。”人生の主体でありたい”と言い、”体の自由がきかなく
なっても、心はこれまでと同じに、最期までのびのびと振る舞い
たい”と言う。今でも転移が怖いだろうに、冷静な文章には好感
が持てる。
10


手紙 東野圭吾氏 強盗殺人犯の弟に対して、「差別はね、当然なんだよ」と登場
人物に言わせる。理不尽な気もするが、世間とはそんなもんだ
ろうと思う。半ば衝動的な兄の犯罪から物語は始まるが、弟に
とっては重い。言われのある(?)差別を受け続け、最後に弟が
とった手段は残酷なものとなった。それしかないのかという沈鬱
な気分だが、それしかないのだろうとも思う。弟の悩む姿が中
心だが、弟の決断を知った兄の心理描写は淡白である。そちら
にも興味がある。
9
楽で元気な人に
なる
岸本葉子氏 口(?)の得意な小谷野氏が珍しく褒めちぎっている岸本葉子
氏の著作を読みたいと思い、手にした本がこれだ。タイトルが
素敵である。由来は『禅』にあるようだ。”前半生、意味とか価値
実現とかいった課題と四つに組み、がちがちの左脳人間で来た
私が、後半生はいい感じにほくれていくか。これからの自分に
興味津々でいる。”と結んでいる。著者がカルチャーショックを受
けたという玄侑宗久氏の本を読んでみようと思う。
8

インストール 綿矢りさ氏 高橋源一郎氏が絶賛している。”綿矢りさは、この「時代」と「日
本語」に選ばれたのだ。”と言い、”句読点のうちかたも、各文章
の語尾も、もちろん中身も。そのどれも直すところがない”と言わ
しめている。17歳のデビュー作。確かに読み易い文章である
が、”もう17歳だと焦る気持ちと、まだ17歳だと安心する気持ち
が交差する”−どこかで読んだことのある文章という気がしない
でもない。そう思わせるところがまたいいんだろうと思う。
7

社員力 浜口友一氏
6
新編 軟弱者の
言い

小谷野敦氏 「すばらしき愚民社会」と同じ著者によるエッセイである。”健康
増進法は「分煙」を定めたもので、分煙のために室ができたの
に、なぜそれを禁煙にするのか”と憤っている。”こんな千代田
区のど真ん中で屋外を禁煙にする必要があるのか”と『テラス
禁煙』措置の大学に対して怒りをぶつけ、講師の職を辞してい
る。変わった人であることは間違いないが、禁煙ファシズム論に
は共感するところも多い。
5
影踏み 横山秀夫氏 横山氏の作品は秀逸なものが多いが、これはあまり感情移入
が出来なかった。あろうことか弟は母に焼き殺された。母と弟を
焼死で同時に失った兄は”落ちていく”。その殺された弟がしば
しば兄の耳元で囁くのだ。この弟の存在が全体として釈然とし
ない理由になっているのかもしれない。帯広告にある”決して交
わることのない魂の行き場”などという感想をもてなかったこと
が残念だ。
4

すばらしき愚民社
小谷野敦氏 タイトルに惹かれた。パラパラとページをめくると、サプタイトルも
また凄まじい。第一章は「バカが意見を言う世の中」である。勝
手な思いつきばかり書いているのではないところがいい。著者
は大学の講師であり、中身はかなり知的で緻密である。「人間
の遺伝的な側面を考慮すること抜きにはこれからの人文科学、
社会科学はやっていけない」というフランツ・ヴーケティツなる聞
いたこともないような人の言葉を引用して煙に巻くやり方は嫌い
ではない。
3

三洋電機 井植
敏の

告白
大西康之氏
2

甦るIT投資〜実力を
発揮

する6つのキーポイント
宋修永氏
1

<2006年> 




第三の時効  横山秀夫氏 全6篇の連作短篇集である。「モノクロームの反転」という表題
のラストで、『あの葬式で、ちっちゃな棺桶を見ちまったからって
ことか』と警察署内のライバルに言葉を投げかけるシーンがあ
る。ライバルからネタ提供を受けた男の言葉だ。男達の矜持が
ぶつかり合う様を描きながら、大きな目的(犯人逮捕)のために
は小さな拘りなど捨ててしまう、そんな格好良さを描いている。
推理小説的な謎解きも興味深いが、男達の生き様が共感を呼
ぶ。相変わらず、”うまい”。
7

部長漂流 江波戸哲夫
物語の設定は今日的であり、とても興味深い。早期退職制度に
応募した主人公は、サラリーマンではない”仕事”をやろうと張り
切っていたが、退職したその日に、家族が消えて、開業資金が
消えていた。稼いだものの半分は妻のものだと言っていたにも
関わらず、一切合財を開業資金に回すことを当然のように思っ
ていた主人公と、仕事をやりたくてしょうがない妻の見えない葛
藤がそこにあった。妻のことをまったく理解できない主人公がそ
こにいた。仕事と家庭の両立とは、経済的には”豊か”になって
きたからこその今日的・日本的テーマなのだろう。
6

スローライフでい
こう

ゆったり暮らす8つの
方法
エクナット・
イーシュワラ
ン氏
原題は「TAKE YOUR TIME」、下手な訳を付ければ、”自分
の時間を持とう”。特定の宗教本ではないが、全編に渡って、瞑
想が出てくる。著者は瞑想を大学で教えていたらしい。8つのス
テップとは、@スローダウン、A一点集中、B感覚器官の制
御、C人を優先させる、D精神的な仲間をつくる、E啓発的な
本を読む、Fマントラ、G瞑想である。忙しい?サラリーマンは
たぶん皆、ゼロ点である。まずは、マントラを唱えることくらいは
実践してみようか、という気にさせる内容の本である。宗教臭く
ないところがいい。
5

スローライフ
− 緩急自在のすす
筑紫哲也氏 ”スロー”という言葉が流行り始めている。ファストフードに対し
て、スローフード。ロハスという言葉も耳にするようになってきた
(Life-styles Of HealthAndSustainability)。大量生産・大量消
費はいつかは破綻する。それは皆気づいてはいるのだが、今
すぐではないだろうという甘えがある。ゆっくりと、しかも怠惰で
はなく、持続する社会への変化が求められている。一人一人の
生活も、時間に追われる生活、頑張りすぎる生活からの脱皮の
時なのかもしれない。
4

下流社会
新たな階層集団の出
三浦展氏 ”下流”社会に属する人々は、”総じて人生への意欲が低く、だ
らだら歩き、だらだら生きている者も少なくない。その方が楽だ
からだ”。マーケティングの専門家である著者は、階層化した”
下流”を特徴付けるキーワードとして、”自分らしさ志向”を挙げ
ている。自分らしさを追求しようとしている人は”下流”に位置づ
けられることが多いという。自分らしさ志向=一切の強制がな
い=自由=ダラダラなのかもしれない。
3
いまどきの「常
識」
香山リカ氏 テレビのコメンテータとしても時々見かける精神科医である著者
による、「お金は万能」、「世の中すべて自己責任」といった最近
の”常識”についての考察。例えば、”これまで日本人の多くは
ゆっくりすること、ラクをすることを罪悪だと思い、あまりにそれと
はかけ離れた生活を送ってきた”などというコメントは共感でき
る部分もある。ただ、経済とか政治とかもうひとつ大きな枠組み
で語らなければならない重いテーマなのだろうと思う。
2
誰も語らなかったI
T9つの秘密 
山本修一郎
氏/鈴木貴
博氏
帯広告には”ITをビジネスの道具にする人の問題解決のヒント”
とある。システム開発費用の内訳は、2:2:3:3になると言う。
ハードウェアとパッケージソフトウェアが2割と2割でおおよそ4
0%を占めて、残りの3割が開発の人件費で、さらに残りの3割
が試験のための人件費。ハードウェアの値段は下がっている一
方で、人件費はなかなか下がらないので、現場の感覚とはちょ
っと違うが、試験に物凄い時間とお金がかかることはその通り
だ。それが、IT業界の大きな課題である。
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